登山に鉄則があるのをご存じだろうか。下山の時こそ安全には十分注意せよという経験則である
▼頂上を目指して登っている時はまだ体力に余裕があり、気も張っているから事故や遭難は起こりにくい。ところが下山の時は疲れているし、後は来た道を戻るだけだと油断も出る。気づけるはずの危険も見落としがちだ。それが転倒や滑落、道迷いにつながりやすい。「家に帰るまでが登山」とはよく言ったものである。下山時に遭難が多い事実は統計的にも知られる。実際、静岡県警が昨年扱った富士山での遭難事故5件はいずれも下山時だったという。どれだけ登山経験が豊富でも、頂上を極めた後には知らず気の抜ける瞬間があるものなのだろう
▼知床半島沖で沈没した観光船「KAZU Ⅰ(カズワン)」回収を担当するサルベージ会社も日本屈指のプロフェッショナル集団と聞くが、深さ約120mの海底から「飽和潜水」で船を引き揚げる難しい仕事を達成し、思わぬ油断が出てしまったのかもしれない。24日午前、えい航中にカズワンを再び落下させるミスをしたそうだ。吊り上げていたスリングが切れ、前回より深い182mの海底に沈んだらしい。落ちたことにしばらく気づかなかったというのだからプロの名が泣く
▼流れの速い宗谷海流を遡る形でえい航していたため相当な負荷がかかっていたようだ。事故原因を究明し、責任の所在を明らかにするには船体の検証が欠かせない。口幅ったい言い方になるが、作業船の上に無事引き揚げるまでが仕事である。あらためて肝に銘じてもらいたい。