ことわざの「人のふんどしで相撲を取る」は、他の人の力や道具を使って成功したのに、さも自分の手柄のように振る舞う者をやゆするときに使われる。本人に悪気はないのかもしれないが、見ていてあまり気持ちのいいものではない
▼約300年続いた江戸幕府の礎を築いた徳川家康はさすがに違ったようだ。作家坂口安吾が小説『二流の人』に、「家康は人の褌を当にして相撲をとらぬ男であった」と書いている。一国を治める立場は同じでも、資質まで同じというわけにはやはりいかないらしい。岸田首相である。政権の掲げる「新しい資本主義」実現に向けた経済財政運営の骨太方針が過日発表されたものの、いつか見た政策ばかりが目に付く
▼変化する社会に対応するための就労者100万人学び直し支援が目玉の一つだが、これは2018年、安倍政権で既に閣議決定していたもの。科学技術や脱炭素・デジタル、人への投資など成長4分野への重点投資も、菅政権で進めた4課題の焼き直しでないか。首相就任直後に打ち出した岸田カラーの「令和の所得倍増」も、いつのまにか「資産所得倍増」に変わっている。看板は似ているが倍増が投資頼りになってしまった。しかもその具体策も決めるには年末までかかるのだとか。今のところ岸田首相のふんどしは見当たらない
▼安吾の家康評はまだ続く。「奇策縦横の男である故奇策にたよらぬ家康。彼は体当りの男」。ここまでの首相の経済運営を見ると、石橋をたたくだけで渡らない及び腰の男と映る。ご自分のふんどしを締め直してはいかがか。