日本では『ああ無情』の題名で知られるヴィクトル・ユーゴーの小説『レ・ミゼラブル』は、パン一本を盗み投獄された主人公ジャン・バルジャンの数奇な人生を描いた作品だった。飢えて死にそうな姉の子どもたちのために食べ物を手に入れようとしたのである
▼舞台はフランス革命から復古王政、民衆蜂起と短期間に何度も社会がひっくり返る激動の時代。身分や貧富の差が完膚なきまでに人々を痛めつけていた。「人はパンのみにて生くるものにあらず」という高貴な精神の大切さを説く有名な言葉もあるが、聖人でもなければ空腹のときにはやはりパンに手が伸びよう。そんな愚にも付かぬ考えが浮かんだのは、航空自衛隊入間基地(埼玉)で20日に起こった出来事を聞いたからである
▼食堂での朝食時、ご飯1杯かパン2個かを選ばねばならないところ、両方を手に取った50代の男性1等空尉が停職3日の懲戒処分を受けたそうだ。空尉はご飯を半分にしたためパンも取って問題ないと勘違いしたらしい。パンを盗んで19年服役したジャンほどではないものの、ルール違反とはいえご飯かパンかで停職処分というのもいかがなものか。職務の性質上厳格な規律順守が求められる組織なのだろう。ただ、食事にはもっと自由度があってもよい気がする
▼ところで防衛白書を見ると、2021年3月末現在で自衛官の充足率は94.1%。兵卒に当たる「士」階級に限ると80.7%で大幅な定員割れである。こんなニュースが話題になれば「ああ無情」と自衛官募集に応じる若者はますます減るかもしれない。