政治哲学を専門とするマイケル・サンデル米ハーバード大教授は著書『実力も運のうち 能力主義は正義か?』(早川書房)で、米国の行き過ぎた能力主義が人の心にもたらす深刻な精神の不調ついて問題を投げ掛けていた
▼「物質的な欠乏よりも大きな何かが、絶望をかき立てている」とサンデル教授は書く。それは能力主義社会の中で、自分の知らぬ間に能力がないとの烙印(らくいん)を押されることだという。評価の理由は学歴や出自、人種によるものが多い。本人の努力だけではどうにもならないのが現実だ。「底辺層の人々が、道徳的にこれほど無防備なまま取り残されることはかつてなかった」。それが今の米国らしい。結果、増えているのが人生そのものを放棄しての「絶望死」だという
▼米国で銃乱射事件が相次いでいるとの報を聞き、その言葉を思い出した。イリノイ州ハイランドパークで先週、米独立記念日のパレード中に男が沿道のビルから銃撃。7人が死亡、40人以上が負傷したそうだ。テキサス州の小学校にライフル銃を持った男が侵入し、生徒19人と教師2人を殺害した事件が5月にあったばかり。どちらも犯人の動機が全て明らかになったわけではないが、問題を抱えていたのは間違いない。自殺や薬物中毒とは別の形で人生を放棄したのでないか
▼アメリカンドリームは大昔のおとぎ話。社会的格差と分断が著しい現代の米国では、生まれると同時に人生が決まるといわれる。そんな将来を奪われた状況でもし目の前に銃があったら。米国の精神も不調だといわざるを得ない。