政権継続の是非が最大の争点となった2017年10月の衆院選で、安倍晋三元首相が札幌のJR琴似駅に来ると聞き筆者も足を運んだ。当の政権トップ、現職の首相だったときである。中村裕之衆院議員の応援演説だった
▼聴衆は駅前を埋め尽くすほどでほとんどは顔が見える正面側にいたが、あふれて後ろの方に立つ人もいる。演説を終えると安倍さんは選挙カーを降り、聴衆に飛び込んで皆と握手を交わしていた。どの地の応援演説でも同じ光景が見られたはずである。危ないと感じた人はいなかったのでないか。当時の写真を見返すと、SPがしっかり周りを固めている。そのときはあまり意識していなかった。聴衆との和やかな触れ合いは万全の警備に支えられていたのだ
▼安倍さんが奈良での応援演説中、妄想に取りつかれた男の凶弾に倒れた。非情に残念で悲しい。命までは落とさずに済んだ事件だったろう。鬼塚友章奈良県警本部長も9日の会見で、警備計画や現場対応に手抜かりがあったと認めた。山上徹也容疑者は安倍さんが世界平和統一家庭連合(旧統一教会)とつながっていると思い込み、凶行に及んだらしい。母親の多額寄付で家庭が崩壊し、恨みを募らせていたようだ。悲劇だが殺人を正当化はできない
▼悔やまれるのはやはり警備である。ずさんすぎた。演者と聴衆との近さを平和ボケと指摘する声もあるが、安全な日本ならではの習いで一概に否定はできまい。ただ警備まで平和ボケでどうする。失敗がなければ安倍さんはきょうも生きて笑っているはずだった。もういないのだ。