人と人が理解し合うのを妨げる障害を〈バカの壁〉と名付けて一躍有名になった養老孟司東大名誉教授をご存じだろう。もう20年近く前のことになる。教授はその後も幾つかの壁を取り上げてきたが、近著『ヒトの壁』(新潮新書)では人生そのものに切り込んでいた
▼相変わらず話題はあちこちに飛ぶ。ただ、そんな中で特に興味を引かれたのは夏の広葉樹の茂り方である。「あれこそ自然の出した答え」だという。われわれが目にするのは広葉樹が光を得ようと枝葉を広げている姿。自然の結果であり解答だと教授は指摘する。それが答えなのだから、変にいじくっても意味はない。人生も同じで、考えるべきは「問題は何だったのか」。現象の原因や経緯に目を向けよというわけだ
▼深刻な赤字に悩むJRの地方鉄道の現状もこの広葉樹の茂り方を巡る話とよく似ている。利用者が減り、路線として寂れていくのは枝葉が枯れていくようなもの。自然ではないものの、社会が出した答えといえるのではないか。例えば本道である。地方鉄道に活気があった1965年の人口は517万人。今も516万人とほぼ同じなのに往時の輝きはない。道路という木が大きく成長し、鉄道に栄養が回らなくなったのだろう
▼地方鉄道のあり方を議論する国土交通省の有識者会議が25日、提言をまとめた。輸送密度が1000人未満の区間を対象に新たな協議機関を設け、バス転換や廃止の検討を促すものだ。それも大切だが、地方の衰退や地域格差といった本当の問題に取り組まねばどんな対策も結局は徒労に終わる。