最近読んだ『座右の寓話』(戸田智弘、ディスカヴァー携書)に「二人の商人」という一節があった。困難を乗り越えて仕事に挑む喜びを伝える話である。大要はこうだ
▼二人の商人が夏の暑い盛りに重い荷物を背負って峠を上っている。途中の休憩場所で一人の商人が嘆く。「この山がもう少し低いといい」。するともう一人が言う。「私はこの碓氷の山が、もっともっと、いや十倍も高くなってくれたら有難い」。そうなれば自分は誰も行けない山の彼方まで行き、思う存分商売をするというのだ。ある種の開拓者魂である。商売に限らず、どの世界にも進んで困難に立ち向かっていく人がいる。政治家では安倍晋三元首相がその一人だったのでないか
▼このところ「国葬に賛成だ」、「いや断固反対だ」との議論がかまびすしい。国家に特段の功労があった人物が国葬の対象なら、首相在職期間が憲政史上最長となり、地球儀を俯瞰(ふかん)する外交で訪問国が歴代最多となった実績は十分それに値しよう。史上最長は選挙に勝ち続けたからこそ。外交成果も目覚ましい。2日に台湾を電撃訪問したペロシ米下院議長が強調した「自由で開かれたインド太平洋戦略」も安倍氏が提唱したものだ
▼国葬で「神格化」を懸念する声もあるが、徳川家康のように安倍東照宮が建つわけではない。「弔意の強制」も、昭和天皇の大喪の礼でのビデオ店の繁盛を思えば考えすぎ。国民の精神は自由で柔軟だ。国葬の費用は2億円超。国会は空転しても経費が1日3億円かかる。税金の無駄遣いとの批判も当たるまい。