英国の劇作家ウィリアム・シェイクスピアは悲劇『マクベス』で、権力欲に取りつかれた者の哀れな人生を描いた。マクベスはスコットランドの将軍。王を暗殺し自らが王になったものの、果てしない恐怖と疑心暗鬼にさいなまれるのだ
▼揚げ句にどんなひどい手を使っても楯突く者をあぶり出してやると息巻く。「ここまで血の川に浸りきったら、もはや先に進みたくなくとも、今更引き返せぬ、渡り切るのみだ」。焦燥感に耐えられず、ついに自分から敵対勢力に打って出ようと決断したマクベスは家来にこう命じるのである。「もっと騎兵を出せ。国中を監視させろ。恐怖を口にする者は縛り首にしろ」。独裁者とはそういうものかもしれない。プーチン露大統領の姿とも重なる
▼そのプーチン氏が21日、ウクライナとの戦争に駆り出すため予備役を部分動員すると表明したのはご存じの通り。それから何日も経たぬ24日に今度は、兵役を拒否したり脱走したりした者に厳罰を科す刑法改正を承認したそうだ。報道によると高齢者や学生までもが召集されているという。各地で激しさを増す動員抗議デモの参加者が治安当局に拘束された上、強制的に召集された例もあると聞く。国内での厭戦(えんせん)気分の高まりに加え、これまで味方と思っていた中国の習近平主席やインドのモディ首相にも最近苦言を呈され、かなり焦っているのだろう
▼マクベスが狂気に駆られ、「恐怖を口にする者は縛り首に」と言い放つのは劇最終盤の第五幕中段である。マクベスは自滅したが、さて、プーチン氏の運命は。