ここ数年、たまにペンで漢字を書こうとすると、途中で手が止まってしまうことが増えた。だいたいの形は頭に浮かぶのに、細かな部分が正確には思い出せないのである
▼年齢も影響はしていようが、手書きをする機会の減ったことが主な理由だろう。文字を書くときに使うのは専らパソコンやスマホのキーボード。ひらがなを打てば候補の漢字が表示され、その中から正しいものを選ぶだけで済む。便利この上ない。ところが過保護の子どもみたいなもので、甘やかされているうちにできたはずのこともできなくなってしまったようだ。どうやら同じ経験をしている人はかなり多いらしい。文化庁が先日発表した2021年度の国語に関する世論調査で、そんな結果が出ていた
▼「情報機器の普及で受けると思う影響」の問いに、「手で字を書くことが減る」と答えた人が89.4%、「漢字を手で正確に書く力が衰える」が89%に上ったのである。自分だけでないと分かって一安心だが、喜んでいる場合でもない。書けなくとも読めて使えていれば問題ない―。そう思う人もいよう。ただ、「パソコンやスマホなどで気軽に漢字を多く使うようになる」の設問に同意した人は15.9%しかいなかった。逆に漢字離れが急速に進んでいるのである
▼美学者の伊藤亜紗さんがエッセーに「新しいテクノロジーが登場すると、人間はむしろ自分の方をそれに合わせて作り変えてしまう傾向がある」と記していたのを思い出す。人間が機械を使っているように見えて、実は支配されている。便利さの裏にある落とし穴か。