日本史の中でも屈指の好敵手といえば戦国時代に名をはせた甲斐の武田信玄と越後の上杉謙信だろう。領地拡大の野望に燃え越後に攻め入る信玄と迎え撃つ謙信が、信濃国の川中島で10年以上、5度にわたり死闘を繰り広げた
▼4度目となる1561年の決戦では、ついに謙信が信玄の本陣に討ち入り、両雄が直接刀を交えたとされる。勝負はつかなかったものの、後世に語り継がれるほどの激しい戦いだったらしい。二人の性質はまるで違っていたそうだ。正々堂々の勝負を好む謙信に対し、目的のためにはだまし討ちも辞さない信玄。水と油である。ところが信玄が病気で死んだと聞くと謙信は、「吾れ好敵手を失へり。世に復たこれほどの英雄男子あらんや」と嘆いたという
▼相まみえて命のやり取りをした者たちだけに、通じるところがあったのだろう。こちらもそれと同じ、魂の交流を感じさせられる出来事だった。衆院本会議でおととい行われた、野田佳彦元首相の安倍晋三元首相への追悼演説である。野田氏は最も鮮烈な印象を残す場面として2012年11月の党首討論を挙げた。覚えている人もいよう。当時、安倍自民党総裁が解散総選挙を求めて切り込むと、野田民主党代表は「やりましょう」と正面から受けて立ったのである。火花が見えるような真剣勝負だった
▼演説全体を通し、野田氏の言葉からは「吾れ好敵手を失へり」に似た深い悲しみと安倍氏への敬意がにじんでいた。政治的には敵ながら、お互い国政の頂点で重責を担った者同士である。政治史に残る名演説だったのでないか。