実際に読んでいるかいないかは別にして、日本には「読書は無条件に良いことだ」と考える人が多いのでないか。いわば社会の常識だが、実は大昔からあった考えではないらしい
▼明治維新のころまで読書は「ごく少数の人びとだけにゆるされた特権で、私たちのようなふつうの人間は、その特権からは当然のように外されていた」。評論家津野海太郎氏のエッセー「人は本を読まなくなったけれども」に教えられた。確かにそれまでは、本など読んでいる暇があったら働けと叱られた時代だろう。明治に入り、近代国家をつくるには日本人全員の識字率を高めねばならないとの理由で重視されるようになったのだとか
▼その流れをくみ、看板を〈平和な文化国家をつくる〉に替えて戦後開催されたのが全国読書週間である。ことしも11月9日までの日程で始まった。笹原玉子さんに一首がある。「とびきりの恋愛詩集一冊で世界史の学習は終わつた」。たった一冊の中に、世界も宇宙もあるのが本の面白さである。昨今は電子書籍に押され、紙の本は苦戦しているといわれる。その通りなのだが、全国学校図書館協議会が最近実施した調査が興味深い。小中高いずれも「電子より紙が読みやすい」と答えた児童生徒の方が多かったというのである。紙の本もまだ捨てたものではない
▼たまに思い出す一文がある。「読書は個人的な儀式だ。鏡を見るのと同じで、ぼくらが本の中に見つけるのは、すでにぼくらの内部にある」(『風の影』サフォン)。ときにまだ知らない自分に出会えるから読書はやめられない。