ヨーロッパに伝わる民話『ながぐつをはいたねこ』は、ある種痛快な物語である。日本でもほとんどの人が知っているのでないか。貧しい粉ひき職人の三男に唯一遺産として残された猫が、知恵や機転、ときにはうそと脅しも駆使して主人の三男を貴族の侯爵に仕立て上げる話だった
▼猫は周到に策を巡らせ、最後には主人がその国の王に気に入られて姫と結婚できるところまでのお膳立てを整える。実に手際がいい。こうした猫のような存在をトリックスターと呼ぶ。正攻法では突破できない壁も、周りを引っかき回し、新たな道を生み出すことで乗り越えていく。物語にはよく登場するが、現実世界にも時々現れては世の中をかき回す。米国のトランプ前大統領はその典型だろう
▼2020年の大統領選に敗れてからも本人の勢いは一向に衰えない。どうやらホワイトハウスに帰ってこようともくろんでいるようだ。15日、フロリダ州の自宅前で演説し、2年後の24年大統領選に立候補すると表明したのである。大統領在任中、慣例や常識、外交儀礼にとらわれないトランプ氏は文字通り米国と世界をかき回した。米国第一主義を掲げ国内産業を盛り立てたり、国際秩序を無視する国を押さえ込んだりと、功績がなかったわけではない
▼ただ、無駄なあつれきを生み、分断を深めたのも事実。物語は別にして、現実のトリックスターは世の中の空気に押されて登場する場合が多い。当時の米国には、それだけ壁をたたき壊してほしい人が多かったのだろう。壁の向こうにも結局、理想の国はなかったわけだが。