物理学者の寺田寅彦に、1934年3月21日の函館大火を検証した随筆がある。死者2100人、焼損家屋1万棟を超える惨事だった。火は住吉町から北東の方向へ進み、市街地を飲み込んでいったという
▼瞬く間に燃え広がり、大きな被害が出たわけを、寺田はこうひもといている。「飛び火のためにあちらこちらと同時に燃え出し、その上に風向旋転のために避難者の見当がつかなかったことなども重要な理由」。〈飛び火〉と〈火事場風〉、二つの要因を端的に指摘していた。飛び火は思ってもいなかった所に延焼の種を運び、火事場で発生する炎を伴ったつむじ風が火勢を強める。大きくなるともう手はつけられない。小さいうちに消し止められるかどうかが運命の分かれ目である
▼その伝でいくと岸田政権は今、大火になるかどうかの瀬戸際だろう。閣僚辞任の飛び火が止まらない。いずれも事実上の更迭とみられているが、このわずか1カ月ほどの間に3人もの大臣が職を離れたのだ。どうかしている。旧統一教会との付き合いで山際大志郎前経済再生担当相が先月24日、死刑と自らの仕事を絡めた不適切発言で葉梨康弘前法務相が11日、さらに政治資金の問題で寺田稔前総務相もきのう、辞任した。ただ、これで止まる保証はない
▼そもそも消火の指揮を執るべき岸田首相が事態に流され、飛び火を眺めているだけのように見える。ANNの最新世論調査で政権支持率が30.5%に落ちたのも当然か。このままでは火事場風ならぬ解散風が吹き出すかもしれない。そうなるともう手がつけられない。