米ハーバード大大学院上級研究員のタラ・ウェストーバーさんは少女時代、人里離れたアイダホ州の自宅で世の中から隔離されて育った。一般社会との関わりを拒否し、自給自足で生きるモルモン教原理主義の両親の下に生まれたからである
▼家には電気も水道もなく、学校や病院とも無縁。生活の全てが聖書に基づいていた。少しでも神の教えから外れたら、父親はしつけと称してすさまじい暴力を振るったそうだ。自伝『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』(早川書房)に記している。題名通りタラさんは両親を説得し、門戸を開いていたモルモン教の大学へ進む。それから別の大学へ移り、学ぶことで両親の呪縛から逃れたのだった
▼宗教に心を奪われ、まともな判断ができない親の下に生まれた子どもの悲劇である。日本でも最近、旧統一教会騒動を発端に、いわゆる「宗教2世」問題が多くの人に知られるようになった。親が宗教にのめり込むあまり、子どもをないがしろにしているのである。そんな子どもを救おうと一つの対策が示された。宗教団体への高額寄付に歯止めをかける被害者救済法が10日、国会で成立したのである。法人などに信者への配慮義務を課し、不安につけ込む寄付勧誘を禁止したのだ
▼普通の生活や教育機会を奪われた子どもが寄付を返還請求できるのも前進だろう。ただ、2世問題の本質は、知らぬ間に思想を植え付けられる精神的虐待ともいえる状況にある。タラさんは今もいわれのない罪悪感に苦しめられるときがあるという。そこまでは法も手が届かない。