ニュージーランドの都市クライストチャーチで2019年3月、100人が死傷する銃乱射テロ事件があった。覚えている人も多いのでないか。1人の男が2カ所のモスクを相次いで襲撃したのである
▼事件を受け、アーダーン首相が議会で、こう呼び掛けていたのが印象深い。「皆さんは大勢の命を奪った男の名前ではなく、命を失った大勢の人々の名前を語ってください。男はテロリストで犯罪者で、過激派だ」。そして強く宣言したのだった。「私は今後一切、この男の名前を口にしない」。当時、BBCニュースが伝えていた。男にどんな思想や背景があったとしても、卑劣なテロリストを有名になどしてはいけないということである
▼安倍元首相を昨年7月暗殺した山上徹也容疑者をことさら擁護したがる人が少なからずいると知り、アーダーン首相の発言を思い出した。旧統一教会にのめり込んだ母親のせいで人生がめちゃくちゃになったというが、安倍元首相殺害を正当化できる事情はどこにもない。人一人の命を残酷に奪った犯罪者である。それとも理不尽な運命に苦しむ人が、気に入らない人物を殺すのは仕方ないというのだろうか。そんな風潮はほんの少しでも認めてはいけない
▼政治がさらに事態をゆがませている。立憲民主党の小沢一郎衆院議員は事件直後、参院選の応援演説で「自民党の長期政権が招いた事件」と言い放った。暗殺を与党攻撃の具にする識見のなさには驚くばかり。山上容疑者は13日、殺人などの罪で起訴された。今は安倍元首相の無念にこそ思いを致すべきだろう。