ニュースで話題になった人の人生をたどる読売新聞の名物企画「あれから」をまとめた、『人生はそれでも続く』(新潮新書)に懐かしい名前を見つけた。1981年公開の映画『典子は、今』の主人公、典子さんである
▼薬害により両腕のない状態で生まれた一人の女性の日々を描いた実話映画だった。本人が主演を務めたのである。まだ障害に対する理解が低かった時代のこと。懸命に生きる姿は大反響を呼んだ。当時19歳。40年たった今抱くのはこんな感慨らしい。「『典子は、今』のような映画が今の時代、公開されたら観にいきますか? 今は話題にもならないと思いますよ」。それだけ世の中の障害者に対する認識は変わったというのである。垣根がだいぶん低くなった
▼この選手も先頭に立って、人々の意識を変えるのに貢献した一人に違いない。車いすテニスの第一人者、国枝慎吾選手(38)である。22日、現役引退を表明。自身のツイッターに、「最高の車いすテニス人生でした」と記していた。金メダルに輝いたおととしの東京パラリンピックは記憶に新しい。直後の全米オープンにも出場し優勝。その鉄人ぶりにも驚かされた。去年はウィンブルドン選手権を制し、「生涯ゴールデンスラム」も達成している
▼9歳のころに病気で車いすとなり、2年後にテニスを始めた。自らに「俺は最強だ!」と言い続け、強く鮮やかなプレーを見せることで障害と健常の垣根を壊してきた。簡単な道のりではない。障害者スポーツで障害が話題にならないことが、どれだけすごいことか。最強である。