冒険と聞くと無性に胸が躍るのは男に生まれた者の宿命だろう。危険があると分かっていても未知の領域に踏み込んでみたくなる。頭が単純なのかもしれない
▼とはいえ冒険には、新たな扉を開くような高揚感があるのも確か。冒険家植村直己も対談集『男にとって冒険とは何か』(潮文庫)でこう語っていた。「何かをやろうとし、精一杯やれば、そこに何か新しいものが生まれる、それが冒険の神髄じゃないか」。かくして今までもこれからも、冒険に挑む者のやむことはない。その植村さんの精神を継承する創造的な行動をたたえることしの「植村直己冒険賞」に6日、札幌市の山岳ガイド野村良太さん(28)が選ばれた。積雪期に宗谷岬から襟裳岬まで本道の分水嶺となる山脈を縦走し、一度も中断することなく単独で踏破したのである
▼出発は去年の2月26日。宗谷丘陵から北見山地、十勝・大雪連峰、日高山脈と南下し、4月29日にゴールへ到達した。全行程約670㌔を、63日間かけて歩いたという。登山経験のない人にはこのすごさがあまり伝わらないかもしれない。掛け値なしに不可能と思えるくらいの偉業である。体力的に過酷なのはもちろん、行く手を阻む積雪に猛烈な吹雪、雪庇(せっぴ)の張り出した鋭い稜線と試練が続く
▼自ら記録した映像をまとめた『白銀の大縦走』(NHK)を見たが、よくこんな悪条件の中を歩き切ったものだと感心した。国内、しかも身近な北海道を舞台にした活動での植村賞の受賞は27回目にして初めて。多くの男たちの冒険心に火をつけたのでないか。