去年11月に公開された新海誠監督の新作アニメ映画『すずめの戸締まり』(東宝)では、一人の女子高生がいろいろな地を巡りながら成長していく姿が描かれる。その主人公すずめには昔からよく見る不思議な夢があった
▼どこまでも廃虚が続く草原で、幼い自分が母親を探してさまよい歩く夢である。実は記憶にはないが、すずめは4歳の時に東日本大震災で母を亡くし、宮崎県に住む叔母に引き取られたのだった。東日本大震災からきょうで12年。かけがえのない人を津波や地震でなくした遺族は今も、誰とも共有できない心の痛みを抱えて日々過ごしているのだろう。宮城県石巻市の日和幼稚園で起きた出来事も、そんな悲しい例の一つだった
▼「日和幼稚園遺族有志の会」のHPで最近知ったのだが、その日、園児たちは園バスに乗せられ、まず沿岸部へ降りていったそうだ。津波警報が出されていたのにである。途中で引き返したものの、渋滞に巻き込まれて立ち往生しているうちに津波に巻き込まれた。悲劇はそこで終わらない。バスはその後、猛火に襲われた。あと数メートル上がれば安全圏だったのだ。しかも運転手だけは先に逃げて無事だった。親御さんの心中を思うと言葉もない
▼津波で妻を亡くした男を描き、ことし芥川賞を受賞した仙台の作家佐藤厚志さんはその『荒地の家族』(新潮社)にこう書いていた。「道路ができる。橋ができる。建物が建つ。人が生活する。それらが一度ひっくり返されたら元通りになどなりようがなかった」。苦しむ人がまだいる現実を忘れてはいけない。