エッセイストの平松洋子さんはスポーツクラブを退会したとき、意外にも「こざっぱりとした爽快感」が押し寄せてきて驚いたという。いわゆる「幽霊会員」で、運動を続けられない自分にダメ出しをしてやめたのにである。「スポーツクラブのマナー」に記していた
▼自己嫌悪に陥ってもおかしくないが、そんな兆候はなかった。そこで一つ気づいたらしい。人が集まる場所には「表と裏のマナーが生息している」。表のマナーはトレーニングマシンを大切に扱う、飲食の場所をわきまえるなど常識的な事柄。一方、裏のマナーは「古株のお歴々のご機嫌を損ねない」気遣いだった。退会して初めて無言の圧力から解放された事実に気づいたそうだ
▼何ごとにも表と裏がある。世間にはよくあることだろう。コロナ禍、中でもここ一年くらいのマスク事情もそれと似たところがあったのでないか。表向きの理由はウイルスの出入りを防止するためだが、裏では周りの目が気になってという人も多かったはずである。きのうからマスクの着用が個人の判断に委ねられた。新型コロナの位置付けが5月8日に、「2類相当」から「5類」へ引き下げられるのを前に政府が呼び掛けたのである
▼とはいえ、今までもマスクに法的な規制はなかった。着用徹底は組織や個人が自主規制を強く働かせた結果。感染より他人の目が怖い日本的現象だった。さて今後は。表のリスク低下は理性で評価できても、裏の同調圧力は心の問題のため簡単には乗り越えられそうにない。外せば爽快感が得られるのは分かっているのだが。