吉村昭といえば史実に基づいた臨場感あふれる小説に定評がある。一方で鋭い観察眼が光るエッセーにも味わいがあった。「酒は真剣に飲むべきもの」もその一つ。盛り場で見た青年3人について書いた一編である
▼足元のおぼつかない青年を他の2人が支えていた。吉村さんは記す。「かれは、すぐれたからだをもっているが酒には弱いのだろう。が、かれは友人たちと酒を飲むことをこばまず、たわいなく酔う」。酔った青年の顔に「人生の一大事である修行をしているような真剣さ」を感じ取り、3人の友情をほほ笑ましく思ったらしい。1971年のエッセーだが、今も変わらず見られる光景だろう。似たような経験をしている人も多いのでないか
▼ただ、これからはそんな行動も、温かい目では眺めていられなくなるかもしれない。酒に弱い体質の人が飲酒を続けると、悪性胃がんになる可能性が高まる。そんな事実を国立がん研究センターや東大のチームが突き止めたそうだ。米科学誌に先週発表した。報道によるとチームは治療が難しい「びまん型胃がん」患者約1500人のがん組織を大規模にゲノム(全遺伝子情報)解析。その結果、アルコールを体内で分解しにくい人に特有の遺伝子変異が、がんを誘発するリスクを有意に高めるとのデータを得たという。頻度や期間などの詳細は明らかでないものの、量の多さとは密接な関係があるのだとか
▼酒は無理してでも飲むという昭和の価値観が見直しを迫られるのは間違いない。もうすぐ4月。新人に人生修行を強いてはいけませんよ。先輩方。