その人の胸中には今、こんな悲哀が漂っているのではないか。「緩和せど 緩和せど猶わが物価高くならざり ぢつと手元資料見る」。誰かお分かりだろう。黒田東彦日本銀行総裁である
▼石川啄木の「はたらけど はたらけど猶わが生活楽にならざり ぢつと手を見る」を勝手にもじらせてもらった。100年も前の歌だが、本家の方は昨今の庶民の心境になぜかぴったりくる。物価と生活実感は連動しないようだ。日銀はおととい開いた金融政策決定会合で、これまで厳に守ってきた長期金利の誘導目標「0%程度」を若干緩め、ある程度の上下も容認する方針を決めたという。具体的には現在「0.1%―マイナス0.1%」の変動幅を、「0.2%―マイナス0.2%」まで広げる
▼大規模金融緩和策の旗を降ろすわけでなく、その一層の長期化に備えて不具合を修正するのが狙いなのだとか。その背景にはゼロ金利の影響で国債の動きが低調になり、取引の不成立も頻繁に起こっている事情があるらしい。長期金利の代表指標である10年物国債の市場が縮小すると、金利は日銀の支配下を離れ暴走する危険をはらむ。これは同時に「アベノミクス」の一角「異次元緩和」の金融政策が信任を失うことに等しい。黒田総裁は記者会見で2%の物価目標達成は想定より遅れるものの、上昇傾向は維持できると自信を見せた
▼啄木の歌をもう一首。「いのちなき砂のかなしさよ さらさらと 握れば指のあひだより落つ」。砂を金融政策に読み替えると、黒田総裁の内心の吐露のように聞こえるが気のせいか。