人は不確実な状況下でどう意志決定をしているのか。その筋道を解き明かしノーベル経済学賞を受賞した認知心理学者、ダニエル・カーネマン米プリンストン大名誉教授のリスク評価に関する話は興味深い。一般市民がリスクを見積もるとき、「判断は報道によって歪められている」というのである
▼著書『ファスト&スロー』(早川書房)に記していた。判断の際、感情的に目先の解決法を選んでしまうかららしい。仕組みはこうだ。「めったにない出来事は過大な注意を引き、実際以上にひんぱんに起きるような印象を与える」ため、メディアは注目を得ようと感情をかき立てる情報ばかりを伝える。それを見た人は不安に駆られ、本当はめったにないのに日常的に起こっていると思い込むのだ
▼これが普段の生活に悪影響を及ぼすほどの規模にまで拡大する現象を「情報災害」と呼ぶ。東日本大震災の津波によって引き起こされた福島第1原子力発電所事故の発生から、現在までの社会状況がその典型だろう。放射能汚染以上に福島復興を邪魔しているのがこの情報災害だ。東日本が壊滅するかのような特集を組んだ雑誌がある。被ばくで鼻血が出るとのデマを広める漫画もあった。幾つかの新聞やテレビもだが共通するのは科学の無視だ
▼事故を継続的に調査する国連科学委員会が9日、「福島の住民に被ばくによる健康被害はなく、将来的にも可能性は低い」と発表した。実は最初の2013年から内容は変わっていない。なのに多くのメディアは恐怖をあおり続けてきた。ゆがみの大本がここにある。