アラスカの厳しくも美しい自然とそこに生きる人を撮り続けた写真家の星野道夫さんは10代のころ、北海道に憧れていたそうだ。遺稿集『長い旅の途上』(文春文庫)に教えられた
▼「満員電車に揺られながら学校に向かう途中、東京の雑踏を歩いている時、ふとそのことが頭に浮かんでくるのである。今この瞬間、ヒグマが原野を歩いているのかと…」。ある時からそんな思いが、頭から離れなくなったのだという。主に首都圏を生活の基盤にしていた星野さんには、同じ国、同じ時代にヒグマの生きている事実が不思議でならなかったようだ。今から50年ほど前の話だが、都会に住む人の感覚は案外それほど変わっていないのでないか
▼ただ現実はそんな想像よりずっと厳しい。近年は原野どころか札幌の街中をヒグマが歩くようになった。東区で去年、ヒグマが住宅街をうろつき回った揚げ句、4人にけがを負わせた事件はまだ記憶に新しい。ことしも三角山や円山、新川などで目撃、遭遇例が相次いでいる。秋は札幌だけでなく全道で被害が増える。過去4年の統計でも9月から10月にかけて死傷者が多い。人もヒグマも山菜や果実、キノコといった自然の幸を求めて野山を歩く。どちらも同じ食べ物を探しているのだから出合うのも当たり前
▼ヒグマとの付き合いは昔からだが、近年大きく変わったこともある。人を恐れない個体が出てきたのだ。街ヒグマはその典型だろう。「熊の影見えかくれする木の実あり」松隈ヨウ子。〈ヒグマは人の気配がすれば逃げる〉はもうあまり当てにできないのかも。