小説家の井上荒野さんがエッセーで、自分が「穴に落ちるように」韓流ドラマ『愛の不時着』にはまってしまったわけを考察していた。タイトルがそのまま答えになっているのだが、「物語爆弾のしわざ」だというのである
▼自らの経験に加え、小説や漫画、ドラマや映画など心を強く動かされるものに出会ったとき、その人の中に物語爆弾が生まれるらしい。次に他の場面で同じ展開を感じたとき、爆弾が破裂する。『愛の不時着』のように感動を量産するドラマは「きっとこうなる!」と思って見ていると実際その通りになり、「ほらやっぱり!」と高揚感が得られるそうだ。爆弾を持っているのだから刺激があれば破裂するのは当たり前。ドラマ制作者もよく分かっている
▼心は複雑なようで案外たわいない。特殊詐欺もそんな物語爆弾を悪用しているようだ。〈子どもに何かあったらどうしよう〉〈医療費が高すぎる気がする〉。主に高齢者が無意識に抱える悲観的な物語を巧みに刺激し、破裂させるのだ。子を名乗る者が焦って助けを求めてきたら、日頃の不安が本当になったと思っても無理はない。医療費を還付すると連絡がくれば「ほらやっぱり!」の感情も湧こう
▼道警によると本道の被害はことし8月末で203件、総額7億8718万円。前年に比べ約4倍の額という。コロナ禍で人間関係が希薄になったのも影響しているらしい。井上さんは爆発を避けるのに「べつの視点からその物語を読んでみる」大切さを説く。本人だけでは難しかろう。別の視点を持つ善意の第3者が力になりたい。