納得のいく理由があれば、人はどこまでも無防備になれてしまう。宮沢賢治の童話『注文の多い料理店』は、そんな人の心の愚かさや単純さを教えてくれる
▼腹を減らした猟師が深い山の中で一軒の料理店を見つけ、喜んで飛び込む話だった。料理店は「服を脱げ」「泥を落とせ」「鉄砲を置け」と、客の猟師に次々と注文を出す。清潔な状態で落ち着いて食べるには当然と思い、猟師はいちいち素直に従うのである。実は自分が食べられる側なのも知らずに。気づいたときにはもう、恐ろしい山猫が舌なめずりをして扉の向こうで待ち構えていた。日本も猟師を笑えないのでないか。戦後、「防衛費を削れ」「日米安保条約は破棄せよ」「憲法9条に触れるな」、そんな注文が世の中に出続けた
▼平和のため、戦争を起こさないためとの触れ込みだった。多くの人がその空気に慣れ、結果、日本の防衛力は最低限度のところにとどまらざるをえなかった。ならず者が扉の向こうで着々と牙を研いでいたのにである。きのうの朝、緊迫する世界情勢から遊離した平和の夢に溺れる日本にJアラートが鳴り響いた。5年ぶりの警報に肝が縮んだ人もいよう。北朝鮮が本道・青森上空を通過する中距離弾道ミサイルを発射し、西太平洋に着弾させたのである
▼政府は厳重に抗議し、最も強い表現で非難したという。ただ、実際に本土を狙われた場合、防げるかどうかは心もとない。それが現実だ。3日に臨時国会が始まったが、国葬儀や旧統一教会が論戦の中心になるのだろう。扉の向こうにある危機を軽視したまま。