詩人のまど・みちおさんは誰もが普段何気なく見ている物事に新たな光を当て、それが本来持つ豊かな価値に気づかせてくれる。「リンゴ」もそんな詩の一つだった
▼「リンゴを ひとつ ここに おくと//リンゴの この 大きさは この リンゴだけで いっぱいだ//リンゴが ひとつ ここに ある ほかには なんにも ない//ああ ここで あることと ないことが まぶしいように ぴったりだ」。ある時ある空間を占める存在は唯一無二で尊い。まどさんはそれをたった一個のリンゴで教えてくれたのだった。その詩を思い出したのはおとといの夜、皆既月食を目にしたからである。地球が特定の時間に宇宙空間の一点を占めることで太陽の光は遮られ、月が地球の影に沈む
▼満月が丸ごと覆い隠される神秘的光景への驚きとともに、自分が立つ地球の存在の大きさも実感させられた。当日は全国的に晴れ空で、日本中ほぼどこでもこの壮大な天体ショーを楽しめたようだ。それもまた珍しい。今回はちょうど月の後ろに天王星が隠れる「惑星食」も起こっていたという。皆既月食と惑星食が重なるのは442年ぶりなのだとか。残念ながら惑星食は肉眼で観測できなかったものの、太陽系宇宙をこんな奥行きをもって思い描かせてくれる機会もなかなかない
▼地球もいわば唯一無二。そのことをあらためて強く意識させられた。われわれはこの宇宙に奇跡のように浮かぶ水と緑の星に住んでいたのである。戦争だ、温暖化だ、新型コロナだといって取り換えはきかない。大事にしなければ。