特定の情報が社会に及ぼす影響を考察する際に話題となる事件の一つに、1938年に米国で放送されたラジオ番組「宇宙戦争」がある。ご存じの人も多いだろう。映画監督で俳優のオーソン・ウェルズが火星人の襲来を告げ、全米がパニックに陥った一件である
▼SF作家H・G・ウェルズの小説を朗読しただけなのだが、名優が臨場感豊かに語るものだから、リスナーは現実に起きていることと勘違いしたらしい。実際は一部の人が騒いだのみで、新聞が面白おかしく「全米パニック」と書き立てたのが真相という。ただ情報と集団心理の関係を考える例題としては今も有効である。メディアが発達し、SNSで情報が即時拡散される現代なら、しゃれにならない事態になっていたはず
▼近年、偽情報による実害が増えている。やはり米国だが、22日に国防総省「ペンタゴン」付近で爆発が起きたとの偽画像がネットで広まり、ニューヨーク株式市場のダウ工業株平均株価が一気に下落する騒ぎとなったそうだ。AI(人工知能)で生成した画像とみられ、ツイッターに上げられた情報を一般メディアも報道。不安に拍車を掛けた。デマだったものの、事実の検証より拡散の方が早く、パニックの発生を止められなかったという
▼日本でもコロナ禍にトイレットペーパーが不足するとの偽情報が出回り、買い占めが起きかけた。ネットを悪用し、社会を混乱させて楽しむふらちな連中が次々と現れる。拡散は事実を確認してからでも遅くない。目を引くその情報は火星人襲来と同じ程度の話かもしれないのだ。