真砂徳子の起ーパーソン 明日をひらく人々 第49回 伊達市噴火湾文化研究所 所長・札幌医科大学 客員教授 大島 直行さん

2012年01月13日 13時55分

 世界文化遺産の登録を目指す「北海道・北東北を中心とした縄文遺跡群」。2008年には、ユネスコ世界遺産センターの暫定一覧表にも記載され、着実に国際的評価を高めています。伊達市の史跡・北黄金貝塚は、その遺跡群のひとつ。大島さんは、自然人類学研究にも力を注ぐ札幌医大解剖学教室で考古学の研究に携わり、30年以上前から北黄金貝塚の遺跡調査に関わってきました。縄文人とアイヌの人たちに共通する〝高い精神性〟に着目した研究を背景に、95年より、伊達市職員として、北黄金貝塚公園の整備をはじめ、史跡を核とするまちづくりにも尽力。縄文文化の真価を広く伝え続けています。

縄文時代は、狩猟採集が生活の中心。現代人に比べ〝未発達な〟社会だったと捉えられがちです。大島さんがおっしゃる〝高い精神性〟とは。

大島 直行さん

大島 彼らの暮らしぶりからは、現代人が失いつつある豊かな世界観を知る事ができます。例えば、貝塚の人骨。縄文人には「ごみ」という観念は無く、人間も、貝も動物も、こわれた道具も、皆「命」があるものとして、同様に扱われていたのです。

 また縄文時代中頃の火災住居跡を立て続けに発掘したことがありました。調べているうちに、人が亡くなると故人の家財道具や食べ物とともに家に火を放つ、アイヌの人たちの「家送り(チセウフイカ)」に行き当たり、これだと思いました。

 狩猟採集で暮らしていた人々は、〝万物は巡る〟と考えています。死ねば、あの世に送られ、再びこの世に帰ってくると。縄文人も、死者があの世でも暮らせるよう食べ物や家財道具ごと家を焼いて、送っていたのではないでしょうか。

 アイヌ民族の風習から、私が発掘した火災跡は、縄文人の〝思いやり〟を示した痕跡だと確信。縄文文化の真価に気づかされました。戦後の考古学は〝人間社会は高度な経済活動によって発展する〟という唯物史観が主流。多くの考古学者は、縄文人の本質は技術革新だと考えています。

 しかし、縄文人が1万年間つくり続けていたのは、天体や動物をシンボライズした使い勝手を考慮しない不便な道具ばかり。でもその形や模様から、自然と共生する彼らの世界観が読み解けるのです。便利な生活より世界観の具象を優先した縄文人の哲学。私は、この〝心〟こそ、本質ではないかと。

 世界文化遺産登録の審査を担う団体が来日した際にも、私たちの申請は、遺跡群に宿る縄文人の〝高い精神性〟に基づいていると説明し、ご理解いただきました。その上で、世界遺産として認められる事に意義がある。そうでなければ、少なくとも北黄金貝塚は、申請を辞退させていただきたい。私はそれくらいの覚悟で臨んでいますよ。

大島さんは、医学部や工学部への講義の他、市民を対象にしたセミナーや講演にも意欲的ですよね。

大島 私がお伝えしているのは、哲学としての縄文文化です。縄文人は、物質的な豊さよりも、自然との一体感を享受する事に豊かさを見出していました。現代に生きる私たちも、今の尺度に捕われなければ、その哲学に共感できるはず。そして見つめ直すのではないでしょうか、物に溢れた今は本当に幸せなのかと。

 心の空洞化が社会問題となっている昨今。多くの人が、物に満たされても満足できないと気づき始めていますからね。私たちはこれまで自然を改変しものをつくり出してきました。地球温暖化をはじめとする環境問題しかり、技術を重視した必要以上の自然改変が引き起こした問題は山積しています。

 文化には「技術の文化」と「心の文化」がある。そのバランス感覚に長けていたのが、縄文人であり、アイヌの人たちでした。ものづくりのために致し方なく森林を伐採しても、時には、木を切らない、という選択も必要。

 縄文人の英知は、技術と心が融合する新しい文化創造の道しるべになるのではないでしょうか。医学部でも工学部でも、講義のテーマは「縄文文化に探る人類の確かな未来」です。彼らには、幸せは医術や技術だけによるものではない事を忘れてほしくないんですよ。

 福島の原発問題に胸を痛める学生は、未来は人間の心のブレーキ次第だとリポートをまとめてくれました。こうした感性を育てて行きたいですね。

アイヌ文化が息づく北海道。先人の尊い〝心〟をより実感できる場所に私たちは住んでいるのですね。

大島 アイヌの人たちは、近代に至るまで農耕をせず、豊かな生態系の循環の中で生きていました。私の研究では、縄文人からアイヌの人たちに継承された〝高い精神性〟は顕著。そこに、北海道の本質があると思います。ここから北海道の未来のプログラムを考えていこうじゃないかと。「縄文文化」と「アイヌ文化」の心を伝える観光施策も一案。観る者が、先人の営みに思いを重ね熟考する「考える観光」の仕掛けに期待しています。

 一昨年、縄文文化振興のために「北海道の縄文のまち連絡会」も設立しました。道内各地には多くの縄文遺跡があり、既に21市町村が加入し協力しているんですよ。十数年こつこつと取り組んできた市民縄文会のメンバー増員にもさらに力を入れたいですね。今後も、世界に誇り得る北海道の文化を、全道共通の理解で発信する仕組みづくりに、まい進したいと思います。

取材を終えて

心が伝わる考古学

 伊達市勤務は縄文文化の真価を多くの市民と分かち合える機会と話す大島さん。地域づくりの一翼を担い、研究の喜びがさらに広がったそうです。

 心が伝わる考古学で厚みを増す北海道の魅力。先人が遺してくれた宝物を知るインタビューでした。


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