▼戊辰戦争最後の戦場となった箱館戦争で、幕府軍幹部として活躍した元新撰組副長土方歳三。その一生を描いた司馬遼太郎の作品に『燃えよ剣』(新潮文庫)がある。言葉よりも行動で示す人との印象が強いからか、小説ながら土方が自身を評価する「むしろ頽勢になればなるほど、土方歳三はつよくなる。本来、風に乗っている凧ではない。自力で飛んでいる鳥である」、とのくだりが記憶に残っていた。
▼久々にその一文を思い出したのは、ああ、あの人も窮地に追い込まれるたび必ず強くなって土俵に戻ってきてくれたなと、かつての雄姿が脳裏によみがえったからである。「ウルフ」の愛称で親しまれた元横綱千代の富士の九重親方が7月31日、膵臓(すいぞう)がんのため亡くなった。親方は福島町出身だ。訃報は折しも東京都知事選の当確が出た直後。都知事選の結果など頭から吹っ飛んでしまった道産子も多かったろう。昨年11月の北の湖前理事長に続いて、巨星がまた落ちた。
▼1981年に、第58代横綱に昇進した。在位59場所は北の湖に次ぐ歴代2位だという。幕内優勝は31回を数え、こちらは同3位。角界初の国民栄誉賞も受けている。そうそうたる記録だが、ファンの心に残っているのはそんな数字より、一番一番のひたむきな戦いぶりに違いない。小兵ながら巨漢力士に対し一歩も引かず、鋭い眼光で突っ込んでいった。苦しみ抜いた肩の脱臼は筋肉を鍛え上げることで乗り越えた。自力で飛ぶための勇気を教えてくれたわれらの真のヒーローである。