陸から海に向かって吹き、船を出すのに好都合な風を「だし風」と呼ぶそうだ。船出に良いだけではなく地域によっては稲作にも役立ったらしい
▼民謡「生保内節」(秋田県)では冒頭こう歌われている。「吹けや生保内東風(だし)/七日も八日も/吹けば宝風/ノオ/稲みのる」。山を越えて運ばれてきた暖かい空気が、稲の生長を促したのだろう。東北の日本海側では主に海向きの風になるフェーン現象である。夏は熱風に悩まされるものの、寒冷期は比較的暖かな風が吹く。特徴は寒暖どちらにせよ、乾燥した強風になること。もとより風に罪などないが、今回は悪条件が重なり大変な災害を招いたようだ
▼新潟県糸魚川市で先週起きた大火のことである。たった1軒から始まった火災は30時間にわたって燃え続け、150棟を超える家屋、計約4万m²を焼いたという。新潟県内では幾つかの「だし風」が発生するが、糸魚川市では姫川を下ってくる「姫川だし」が知られる。火はそれに乗ったらしい。乾燥した強風が終日吹き続けたその日に、木造密集地域の風上で火の手が上がったのである。当日の市内最大瞬間風速が24mあったというから手の付けようもなかったろう。被災した方々は不運というほかない。本当にお気の毒である
▼ただ人ごとではない。「だし風」はなくとも、木造密集地域は日本国中どこにでもある。例えば先週のような大雪に見舞われた札幌の住宅地で火事が起こればどうなるか。言い古された言葉とばかにせず、いま一度胸の内で拍子木を鳴らしたい。火の用心。