残雪も消え、のんびりと山を歩くにはいい季節になった。山の旅に必携品は幾つかあるが、国土地理院の地形図もその一つ
▼慣れた山なら登山ルートを知るのに首っ引きになることはない。ただ、時折取り出して実際の沢筋や斜面と地図を見比べてみるのも楽しいもの。形ある現実の風景を一枚の紙の上に落とし込む精密な技に、ある種の美しさを感じるからだろう。初めての山では当然、その技に大いに助けられる。物理学者の寺田寅彦も地図の価値を知る人だったらしい。1934年の随筆「地図をながめて」に、「学び得らるる有用な知識は到底金銭に換算することのできないほど貴重なもの」と記している
▼当時地形図の製作に従事していた陸軍参謀本部陸地測量部の技術者のことも、「まじめで忠実で物をごまかさない頼もしい精神」の持ち主と評価していた。さらには、「一本の線にも偽りを描かないようにというその科学的日本魂のおかげであの信用できる地形図が仕上がる」。絶大なる信頼である。地形図に限らず、日本のインフラ施設が優れているのも測量技術者が今も「科学的日本魂」を受け継いでいる証拠だろう。正確な位置を提供すべき測量が雑なら、まともなものができるはずもない
▼経緯儀を持ち運ぶ時代から、トータルステーションやGNSS、UAV(無人航空機)など新鋭機器を駆使する時代に移りはしたが、「頼もしい精神」まで変わってはいないというわけだ。きょうは測量の日。寺田氏の視点で測量技術を頭に描きながら、インフラを眺めてみるのもまた一興である。