フェリー就航で見える役割
■室蘭地域交通の要衝 観光客、物流増へ大きな期待
ことし6月に就航した室蘭―岩手県・宮古定期フェリー航路の影響で、観光客や貨物量の増加が見込まれる室蘭市。フェリーターミナルから望むことができる白鳥大橋は、交通の要衝として今後も重要な役割を果たしていく。2017年度道の駅ランキングでは、景色がきれいだと感じた部門で、同橋の眺望スポットである道の駅みたら室蘭が5位を獲得するなど、観光拠点としての地位も確立している。
宮古から訪れるフェリーは、毎日午後6時に室蘭港に到着する。夕暮れの中、他県ナンバーの乗用車やバイク旅行者とみられる一行が白鳥大橋を渡り洞爺湖方面へ、あるいは札幌方面へ向かっていく光景が日常化し始めている。
工場夜景を構成する一部分としても存在感は大きく、16―17年度に室蘭市発注で施工されたイルミネーションLED化工事は、このほど照明学会の照明普及賞を受賞するなど、その美しさを追求したライトアップが評価されている。
現在、室蘭市は室蘭港祝津ふ頭の大型クルーズ船対応岸壁の整備事業化を目指している。白鳥大橋南側西部に位置する同ふ頭が供用となれば、さらに同橋の重要性は増すことになる。
観光振興の点では、北海道新幹線札幌延伸に伴う観光客増に備えた、胆振・日高管内の連携が必須だ。新幹線の長万部駅からの観光客引き込みについて、他地域の観光スポットと、白鳥大橋を絡めた戦略立案が一つの鍵となる。
直近では、室蘭市は18年度、国土交通省と内閣府が連携して地方再生の取り組みを援助するモデル都市に選定されており、JR室蘭駅周辺市街地の活性化に向けて整備促進を加速させている。
近隣の伊達市では、19年に京都で開催される国際博物館会議(ICOM)のポストカンファレンス開催を目指してプラットフォームが活動を始めた。これらによる観光客、物流の増加が現実となれば、白鳥大橋の役割はさらに大きくなる。
室蘭、周辺地域へと移動する人々の交通の要衝として、あるいは観光名所として。この2方面から、これからも白鳥大橋への期待は続いていく。
室蘭港またぐ橋梁構想実現
■寒冷地に長大つり橋 横風受け流す橋桁など工夫凝らす
白鳥大橋の建設構想を最初に公表したのは、初代室蘭開発建設部長を務めた猪瀬寧夫氏といわれる。地元紙の取材に応え、1955(昭和30)年に橋の必要性を説いた。室蘭港は、西側に湾口を開くコの字形に形成された自然の良港となっているが、絵鞆半島の先端部から伊達方面に向かうには、海岸に沿って東側を大きく回らなくてはならない。これを猪瀬氏は、将来の室蘭発展を妨げる要因とみた。
67年には、室蘭圏幹線道路建設促進期成会が設立。白老町から西側に位置した、当時の胆振9市町村と各経済団体、企業などが、国への要望活動を始めたほか、架設実現のための研究会も開き、継続して議論を進めていった。
だが、それから10年間が経過しても、技術的な問題が支障となり、議論は進展しなかった。架設となると、橋長は1㌔を超える。これに耐える橋梁形式を、当時は見いだせずにいた。
橋梁形式がつり橋に定まったのは、白鳥大橋の建設が決まった82年の翌年。当初は斜張橋の予定だったが、つり橋にすればより陸地側に主塔を建設できるため、建設コストを大幅に削減できることが決め手となった。
白鳥大橋が完成すれば、伊達市と接する白鳥台地区と、絵鞆半島の祝津・絵鞆地区の移動は14㌔短縮されるほか、経路が分散されることにより、国道の36号と37号が接するイタンキ交差点の渋滞緩和が図られる。総合病院が点在するJR室蘭駅周辺へのアクセスも向上し、周辺地域からの救急搬送にも寄与するなど、完成への期待が高まり始めた。こうして85年、ついに工事開始にこぎ着けた。
寒冷地に耐え得るつり橋として、橋桁の両側には横風を受け流すフェアリングが施されるなど機能面で工夫が凝らされた。それ以上に、寒冷地に存在する数少ないつり橋として美しい仕上がりになるよう、部品の溶接方法にさえもこだわった。
こうして、当時建設に携わった設計者、施工者の知恵と工夫が凝集して98年6月13日に開通の日を迎えた。自然と工場夜景に溶け込む橋長1380mの長大橋は、日本夜景遺産に認定されるなど、市の観光シンボルとなって地域住民の暮らしを支えている。
(室蘭支局 高橋秀一朗記者)