北米アラスカの雄大な自然を撮り続けた写真家の星野道夫さんが著書『旅をする木』(文春文庫)に、感動を人に伝えることについてこんなエピソードを記していた。ある夜の友人との会話である
▼二人は宇宙に手が届くようなアラスカの星空を眺めていた。美しさに心を動かされ、この気持ちを人に伝えるにはどうすればいいか話し合ったらしい。そのとき友人はこう言ったそうだ。「自分が変わってゆくことだ」。写真を撮っても、絵を描いても、言葉をつづってもそのとき感じた気持ちは正確に伝わらない。感動を糧に成長した姿を見せることができてはじめて、それがどれだけ大きかったか伝わるというのである
▼彼ら、彼女らにとってその星空はアニメーションだったに違いない。非道な放火によって命を奪われた34人の方々である。感動を与えてくれたアニメを糧に成長し、仕事に選んだ方ばかりだろう。京都市伏見のアニメ制作会社京都アニメーション第1スタジオ放火事件からきょうで10日である。犠牲になった34人のうち、半数以上が20―30歳代の若者とみられるという。痛ましい以外の言葉が見つからない。しかもいまだ全員の身元確認はできていないそうだ。どれだけひどい火事だったか
▼亡くなった方々は自分が受けた感動を優れた作品に変え、多くの人に広めていた。悩みながら成長していく生徒の姿を描いた学園物も多く、等身大の物語に励まされた人も多いと聞く。これからもたくさんの感動を伝えるはずだった。その未来は永遠に失われた。こんな蛮行を許すわけにはいかない。