何不自由なく耳が聞こえる人には想像もできない経験が、そこにはあるということだろう。先天性の聴覚障害を持つ疋田直子さん(20歳・当時)が書いた詩「聞こえるよ」(冊子『NHKハート展』)を読んで気付かされた
▼短いので全文を引く。「生まれてから/19年間/あらゆる音や声を/聞いた事がない/だけど/唯一聞こえる音が/私にはあるんだ/吸い込まれそうな夜空いっぱいに/咲いては消える花火」。優れた感性の持ち主である。音や声が聞こえないことで、視覚をはじめとする他の感覚が研ぎ澄まされたのかもしれない。特別な能力といえば手話もそうだと前から思っていた。思考と連動して手が動き、それを瞬時に読みながらコミュニケーションを成立させていく。素人からすると魔法のようにしか見えない
▼自民党の今井絵理子参院議員が11月30日の参院本会議で、その手話を交えて菅首相に質問した。国会の本会議では初の試みだそうだ。映像を見て自然でなめらかな動きに目を奪われた。実は今井氏の長男も先天性の難聴を抱える聴覚障害者なのだという。これまで子育てをしながら、障害者支援にも取り組んできたと聞く。どうりで自然なわけである。マスクをしていると口の動きが読めないとの聴覚障害者の声を耳にし、それならばと、彼らに伝わるように手話を使ったらしい
▼今回、今井氏の質問のおかげで、障害者の前に立ちはだかる壁にあらためて気付かされた人も多かったのでないか。今井氏の小さな行動は氏の意図を超え、打ち上げ花火のように遠くまで響いたようだ。