名優渥美清演じる「寅さん」でおなじみのシリーズ映画第8作、『男はつらいよ 寅次郎恋歌』(山田洋次監督、松竹)にこんなせりふがあった
▼「てめえが好きで飛び込んだ家業だから、いまさらグチもいえませんが、はた目で見るほど楽なものじゃないですよ」。恋する相手に旅暮らしをうらやましがられたとき、寅さんがしみじみと口にしたひと言である。自分で実際に経験してみないと分からないことは多い。岸田首相も今、そう嘆きたい気持ちに駆られているのでないか。衆議院予算委員会で連日のように、18歳以下への10万円相当の給付を巡り、野党のみならず与党からも繰り返し追及を受けているのである。国政の懸案事項は他にも数々あろうに、初っぱなに打ち出した施策からつまづいてしまった格好だ
▼今回の件は政府側に、責められて当然の甘さがあったのだから仕方ない。子育て支援なのか経済対策なのか、狙いをはっきりさせないまま見切り発車し、現場の自治体に混乱を招いたのである。当初はかたくなにクーポン給付にこだわっていたが、使いにくいと世論の反発を受けると半分は現金でもよいと軌道修正。自治体の首長らがさらに突き上げると、ついに全額現金も認める方針に転換した。時期も年内一括だったり、分割だったりぐずぐずである
▼どんどん値を下げていく寅さんの「たんか売り」ではないが、あちこちからたたかれているうち、気付けば施策の元の形は見る影もない。どうにも首相の腰の据わらなさばかりが目立つ。せめて給付金は無事に各家庭に届きますように。