古代ギリシャ三大悲劇詩人の一人であるエウリピデスは、派手な英雄物語より人間をありのままに描く作品が得意だったという。哲学的素養がそうさせたらしい。同時代のソクラテスと影響を与え合ったといわれるくらいである
▼それだけに言葉へ託すものも大きかった。こう言っている。「言葉は人の耳を喜ばすようなものではなく、世の人から尊ばれるような人間になる道理を教えるものでなくてはなりません」。さて、ロシアのプーチン大統領の言葉はどうだったか。ロシアのウクライナ侵略から1年が過ぎた。その直前の21日に行った「年次教書演説」でプーチン氏は国民に、この「特殊軍事作戦」は祖国を守るための戦いだと断言。加えて、米欧の制裁にもかかわらずロシア経済は安定を保っていると強調した
▼ウクライナの国土を一方的にじゅうりんし、人々を虐殺している事実には触れず、ロシア国民が聞けば喜ぶであろう作り話を聞かせたわけだ。経済の安定もこの先長く続けられるものではない。ロシア国民はプーチン氏の演説をどの程度信じたのだろう。それを知るすべはないが、少なくとも日本をはじめ民主主義陣営の国の人々にとって、ロシアは世の道理に反するとの印象を強める結果になったのは間違いない
▼エウリピデスは「長い話を切り詰めて、短い言葉で適切に語れるのは賢い人」との言葉も残している。今回の演説は1時間50分という異例の長さに及んだそうだ。うそをうそで固めるのだから話が長くなるのも当たり前。まあ、賢い人なら最初から侵略などしなかったろうが。