あんなにつらい幼少期を過ごしたのだから、もう不幸は味わってほしくない。そう願いながら見ている人も少なくないだろう。広瀬すずさん演じるNHK連続テレビ小説『なつぞら』の主人公「なつ」のことである
▼戦地で父、空襲で母を亡くしたなつら3兄妹は終戦直後の東京を子どもたちだけで生き抜いてきた。1946年、十勝にある父の戦友柴田の牧場に引き取られたものの、兄妹は生き別れになってしまう。ドラマは日本アニメ草創期にアニメーターの道を切り開いた一人の女性を描いたものだが、物語にはしばしば太平洋戦争の影が差す。先日もなつの兄を育てたおでん屋「風車」のおかみ岸川亜矢美の恋人が、学徒出陣で帰らぬ人となったとの余話が明かされていた
▼先の大戦では程度の差こそあれ、ほとんどの日本人がなつや亜矢美のように大切な人を失う経験をしている。「敗戦忌別れを重ね生きのびて」北さとり。戦後は悲しみや苦しみを胸の奥深くに閉じ込め必死に前へ進む毎日だったろう。あすは終戦記念日である。ことしも新聞やテレビなどは戦争の悲惨さや残酷性を訴える人や団体を数多く取り上げるに違いない。ただ、こうした定型手法が多くの日本人の心にどれだけ響いているのか、疑問を感じないでもない。戦後74年、当時を記憶する人もずいぶんと減った
▼そんな今、放映されているのが『なつぞら』である。そこでは戦争の悲惨さとともに日本を再び開拓しようとする人間の底力が描かれている。戦争にも加害と被害の二元論でない、いろいろな語り継ぎ方があっていい。