コラム「透視図」 - 北海道建設新聞社 - e-kensin - Page 189

香港の大規模デモ

2019年06月14日 09時00分

 悪魔は天使の顔をしてやってくるという。「あなたの望みをかなえてあげたい」。優しくそう言われると信じたくなるのが人情である

 ▼ドイツの文豪ゲーテ作『ファウスト』の筋書きをご存じだろう。人間の知力に限界を感じて絶望するファウスト博士に、悪魔がこんなことをささやく。「私ならこの世界の全てを経験させてあげられる。条件はいずれ魂をもらうことだけ」。知を渇望する博士が断るはずもなかった。香港で今も続く市民抗議デモの発端となった出来事も最初は天使の顔をしていたようだ。昨年、香港人の男が台湾で交際中の女性を殺害し、香港に逃げ帰った。ところが台湾との間に犯罪人引き渡し条約がない。そこで香港政府は「逃亡犯条例」を改正し、引き渡しできる体制を整えようとしたのである

 ▼法治の精神からして当然の流れだろう。犯罪者の逃げ得は許すべきでない。正義ここにありである。ただ、そこに巧妙な落とし穴があった。中国本土へも引き渡しできる改正案だったのである。中国では政権を批判したり、共産党の方針に従わなかったりする人物が正当な理由なく次々と拘束されている。香港政府は中国の意を酌む。改正案が通ると香港で同じことが起こり、香港人はもとより外国人も中国に引き渡される事態が生じよう。殺人犯の引き渡しを餌に、司法の独立という魂が奪われようとしているのである

 ▼香港中心部を埋め尽くす100万人(主催者発表)のデモ。映像を見て圧倒された。誰が見ても明らかでないか。香港の人々はファウスト博士の道を選ぶつもりはない。


空間識失調

2019年06月13日 09時00分

 郵便輸送パイロットとして大西洋を何度も渡った作家のサン=テグジュペリは、著書『人間の土地』に奇妙な体験を記している

 ▼テグジュペリは夜にサハラ砂漠沖合を飛行していた。ふと見ると右翼下方に光がある。村か、漁をする船の群れの明かりか。そこでハッと気付く。砂漠に光のあるはずがない。彼は静かに機体を立て直す。村だと思ったのは星。全く自覚もないまま上下逆さまになって飛んでいたのである。テグジュペリが活躍していたのは1900年代前半。平衡感覚を失うこの錯覚は、当時から飛行機乗りの間でかなり恐れられていた。自分は高度を上げているつもりが実際は下降していて山に激突、といった事故が度々あったという
 
 ▼正しくは「空間識失調」と呼ぶそうだ。航空自衛隊の最新鋭ステルス戦闘機F35Aが4月に青森県沖で墜落した事故も原因はそれだったらしい。防衛省が発表した。機は海面に向かって急降下していたのに、操縦士は正常に飛行していると思い込んでいたのである。天地が逆なのに気付かない。「そんなばかな」だが、操縦士なら経験に関係なく誰にでも起こり得る錯覚だそう。飛行機の速さがまだ知れていた時代なら異常に気付き立て直す余裕もあった。ところが現代のF35Aは音速で飛ぶ。管制官の指示で高度10㌔から急降下を始めて墜落まで35秒。厳しい訓練を受けているとはいえ認知が追い付くまい

 ▼機を立て直した後、テグジュペリはこうつぶやいている。「誤って落としたその星座を、もとの額にかけなおす」。今回もそうできればよかったのだが。
道がプロポ、参加表明25日まで


知事給与削減

2019年06月12日 09時00分

 若いころから勇猛で鳴らし、徳川四天王として徳川幕府の開府にも大きな役割を果たした戦国武将に井伊直政がいる。赤い軍装で身ごしらえした「井伊の赤備え」と呼ばれる一隊を率い、敵からは「赤鬼」と恐れられていたという

 ▼戦では通常、大将は自陣奥深くに控えて采配を振るものだが、直政は違ったそうだ。自らが先頭に立ち、長やりを縦横に振り回して敵陣を崩す「突き掛かり」を得意としていたのである。大将が身の危険も顧みず率先して活路を切り開いていく。配下の者たちの士気が上がらないわけがない。いつの時代も人は自ら範を示すリーダーを好む。どうやらこちらの新しいリーダーも先頭に立って戦う覚悟を固めているようだ。鈴木直道知事のことである

 ▼先週、自身の給料と期末手当などを3割削減する意志を表明した。逼迫(ひっぱく)する道財政を改革し、活力あふれる地域づくりを進めるための直政ならぬ直道流の「突き掛かり」だろう。その心意気やよし。しかしてその戦法は―。逆に道庁を縮み志向にしてしまわないか。知事給与削減はもともと、財政危機で職員給与のカットが迫られたとき、トップがまず身を切ったもの。厳しいとはいえ今はそこまでではあるまい

 ▼観光が飛躍の鍵となる本道。むしろ知事は満額を受け取り働き方改革で休みも十分に使ってお忍びの観光地巡りでもしてみてはどうか。インバウンド研究で高級ホテルやグルメを体験するのもいい。観光だけではない。消費が娯楽ともされる昨今である。本道を楽しむことでもぜひ先頭に立ってもらいたい。


日本は良い国か

2019年06月11日 09時00分

 デフレを背景とする低成長が長らく続いているのも一因だろう。日本の将来を悲観する意見をこのところしばしば目にする

 ▼いつの間にか国内総生産(GDP)は中国に追い越され、最先端のICT分野では米国の後じんを拝するばかり。社会学者エズラ・ヴォーゲル氏が「ジャパンアズナンバーワン」と呼んだ高度成長期や1980年代後半のバブル経済を知る高齢世代は、とりわけ強く日本の斜陽を感じていよう。「日本は暗いトンネルの中にいる」「わが国は既に三流国に成り下がった」。年配の方がそんな気持ちに襲われるのも分からないではない。ではこの時代の真っ只中を生きる若者はどうかといえば、見えている景色はまるで違うようだ

 ▼日本財団が先月末発表した〝18歳意識調査〟によると、「日本が良い国だと思うか」との問いに、76・9%の若者が「思う」と回答したという。「わからない」が16・4%あったものの、悪い国とする「思わない」は6・7%しかなかった。意外な高評価である。どこが良いのか。調査では理由も尋ねていた。最も多かった意見は「平和だから」。多少の停滞感はあっても紛争がなく、豊かで普通にご飯が食べられる日本は素晴らしいというのである。治安の良さや整ったインフラ、優れた伝統や文化を挙げる人もいた

 ▼さて、この調査結果を知ってどんな印象をお持ちだろう。今の日本が良いなんてそんなはずはないと思ったか、はたまた若者に日本の底力を教えられたと感心したか。気を付けた方がいい。悲観論の方が心地良いなら年を取った証拠である。


札幌で2歳が虐待死

2019年06月08日 09時00分

 双子の幼い男の子を持つ若い母親と交際する男が、その親子の住まいに転がり込んでくる。優しいふりをしていたのは最初だけで、気付いた時には日常的に暴力をふるうようになっていた。伊坂幸太郎さんの長編小説『フーガはユーガ』(実業之日本社)はそんな情景描写から始まる

 ▼兄弟が殴られるのを見て双子のもう一方の子は思う。「あの男が今、どうして怒りだしたのかは分からない。いつだって、そうだ」。お母さんは実の親だ。助けてもらいたい。ただ、子どもたちにはこうだと分かっていた。「お母さんは別に味方ではない。いつだって見て見ぬふりなのだ。むしろ面倒臭そうに溜め息をつくだけ」

 ▼この家も同じだったのか。札幌市中央区のマンションで2歳の長女を執拗(しつよう)に虐待した揚げ句、死に追いやったとみて21歳の母親と24歳の交際相手が逮捕された。亡くなったのは詩梨(ことり)ちゃん。5日早朝に母親から消防に通報があり、その後病院で死亡した。衰弱死だったという。健康であれば90歳近くまで生きられる時代に、たった2歳でこの世を去らねばならなかったとは。あまりの理不尽さに怒りを覚えた人も少なくなかったろう。今回も近所の方々が異常を察知し、警察や児童相談所も動いてはいたが詩梨ちゃんを助けることはできなかった

 ▼ほとんどの家庭は子どもを慈しみ、大切に育てていよう。ただ、外から見えず手も出せないブラックボックスの中で日々虐待されている子どもがいることも確か。家に味方がいなくとも外にはいる。手を尽くして救い出したい。


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