コラム「透視図」 - 北海道建設新聞社 - e-kensin - Page 313

駆けつけ警護

2016年11月16日 17時45分

 持っているのに一度も使ったことがない。現実の世界であればそれは無駄とされるのだろうが、架空の話であれば事情は変わってくる

 ▼江坂遊のショートショート「無用の店」(光文社文庫所収)で売られるのがまさにそんな商品だ。例えば傘を買えばその人の上には絶対に雨が降らない、医薬品ならその日から全く病気をしなくなる、といった具合。使わないというよりも、使う必要をなくす効果があるというわけ。もっとも通常品と比べ相当に値は張る。それだけの価値は十分にあるのだが。さて、こちらは使う事態になるのか、そうならずに済むのか。政府はきのう、国連平和維持活動(PKO)で南スーダンへ派遣する陸上自衛隊部隊に、安全保障関連法に基づく新任務「駆けつけ警護」を付与する閣議決定をした

 ▼国連や非政府組織の職員が武装集団などに襲われたとき救援に向かう任務だが、これにより自衛隊は他国で武器を使用する正当な根拠を持つことになる。次期派遣部隊から適用されるという。世界には自力で状況を改善できない国がまだ多くある。国連も支援しているが、難しいのは国内紛争がやまないこと。竜虎相はむ危険地帯に丸腰の人間は送れない。となると軍の出番。自衛隊PKOの役割もそこにある

 ▼これまでは職員らが襲われても救援に行けず、宿営地を守るにも他国軍に頼るしかなかった。それが自衛隊で可能となれば安全確保の選択肢が増え、現場にとって一つの安心材料になるのでないか。もちろん持っていても使う必要など起きないのが一番。無駄で十分だが。


高齢運転者の決断

2016年11月15日 10時00分

 現代日本風に言うなら「レジェンド」だろう。米国作家ダニエル・フリードマン著『もう年はとれない』(創元推理文庫)の主人公は、メンフィス署殺人課で数々の伝説を作った元刑事である

 ▼名前はバック・シャッツ。主人公としては異色の87歳という高齢だが、気力体力の衰えに悩まされながらも、昔と変わらず巻き込まれた事件には敢然と立ち向かっていく。武器は持ち前のタフな精神力と、痛烈な皮肉である。あくまでも自分の意志を貫く硬骨漢というわけ。ただ、そんな無頼派のバックでも車の運転だけは控えているらしい。友人の見舞いに病院まで行かねばならない場面で、運転しない理由をこう語っている。「なにがどこにあってどうつながっているのかを思い出すのが年々困難になってきて、世界という円は自宅を中心にだんだんと縮みつつある」

 ▼加齢の影響で安全運転が難しくなっていると自覚しているのだ。誰もがこんな風に自分の能力を正確に把握し、自制することができればいいのだが。最近、高齢運転者による悲惨な死亡交通事故が相次ぐ。10月28日に87歳男性の軽トラックが小学生の列に突っ込んだのをはじめ、今月10日には84歳男性が自治医大で、また12日には83歳女性が国立病院機構で暴走して人をはねた

 ▼警視庁の統計によると高齢運転者の事故は全国的に増加の一途なのだとか。長い人生、誰もが「レジェンド」の一つや二つ持っていよう。しかし最後に人をあやめてしまえばそれも台無しだ。いつかきっぱり運転はやめる。その勇気だけは早くから温めておきたい。


福岡市の道路陥没

2016年11月11日 09時50分

 福岡市のJR博多駅前で8日発生した大規模道路陥没事故のニュース映像には驚かされた。整然とした街に突如出現した奈落である

 ▼幅と長さが各約30m、深さが最大で15mというから、5階、延べ4500m²程度のビルがすっぽり入ってしまう見当だ。崩落時の動画を見ると、瞬く間に道路が地下に飲み込まれていく。ガスと下水の臭いも立ち込めたらしい。隣接したビルにいた人は生きた心地もなかったろう。その恐ろしい光景を目にして、芥川龍之介の短編「老いたる素戔嗚尊」(1920年)のこんな一節を思い出した。「どうしたはずみか、急に足もとの土が崩れると、大きな穴の中へ落ち込んだのです」

 ▼老いたスサノオが、娘の須世理姫と恋に落ちた若者を荒野に誘い出し焼き殺してしまおうとする場面。火に囲まれ逃げ場を失った若者は足元の地面が突然崩れたため無事助かったのだったが、今回の事故では工事関係者らの機転や市の適切な対応で、一人も穴に落ちることなく助かったらしい。現場では地下鉄七隈線の延伸工事をしていたそうだ。市はこれが影響したと認め、原因の解明に努めるという。ことしは熊本地震もあった。福岡市も震度5を記録したと聞く。液状化や岩盤の裂け、老朽インフラの破損はなかったのだろうか。それが気になるのは全国どこでも同じことが起こり得るからである。傷ができれば何かの弾みで必ず広がり事故を招く

 ▼とはいえ隣接したビルは揺るぎなく立ち続け、14日までには現場の仮復旧も終えるという。その建設技術の高さにも驚かされる。


化かし合い

2016年11月10日 10時18分

 キツネとタヌキは世に長く生きると不思議な力を持つようになる、との言い伝えが古くからあるのはご存じだろう

 ▼『日本妖怪大事典』(水木しげる、角川文庫)には、キツネは「人や物に化けたり、幻術でたぶらかしたり、あるいは姿を見せずに人に取り憑いたり」するとある。タヌキもまた同じ能力の持ち主。似た者同士だからなのか時に化け比べをしたり、どちらが上手に人をだませるか競争したりするようだ。米国の大統領候補だった人物を動物に例えるのは失礼と承知した上で言わせてもらえば、今回の大統領選がキツネとタヌキの化かし合いのように見えて仕方なかったのである。まあ、どちらがキツネでタヌキなのかは想像にお任せするが、スキャンダルの暴き合いに悪態合戦だ。あれでは米国民もさぞや肩身が狭かったに違いない

 ▼きのう、その「泥仕合」にとうとう決着がついた。8日行われた投票で、共和党のドナルド・トランプ氏が勝利したのである。米国第45代トランプ大統領が誕生する。多分今ごろ、わが国の政財界関係者はこぞって頭を抱えているのではないか。何せ自国優先主義を臆面もなく打ち出している人物なのだ。安全保障面では他国の「ただ乗り」をやり玉に挙げ、TPPについては米国経済を衰退させるだけの愚策と切り捨てる。イスラム教信者や移民の拒絶に加え、エリート層への攻撃も激しい

 ▼一方で「強いアメリカ」を実現するための具体策は、一向に見えてこないのである。どうも化かされているような気がしてならない。正体が何かは分からないが。


落語のような政治

2016年11月09日 10時20分

 雑な言葉遣いをしたばかりに、物事も人間関係もひどく面倒なものにしてしまう。落語「大工調べ」はそんな噺である

 ▼借金のかたとして大家に大切な道具箱を取られた大工の与太郎が、棟梁の助言を受け謝りに行く。ところが与太郎は棟梁の口調そのままのべらんめえ調で、「長い物には巻かれとけ」との楽屋話まで言い放つ始末。怒った大家と知恵を付けた棟梁も険悪になり、ついには奉行所で白黒つけることに。いくら借金のかたとはいえ、大工から商売道具を奪うのはどうかしている。ただ「本当は悪いと思ってないが取りあえず謝ってやる」との態度では大家も腹の虫が治まるまい。与太郎と同水準とは考えたくないのだが、最近、政界でもこの落語と似た話があった

 ▼環太平洋経済連携協定(TPP)議案の強行採決に言及し批判を浴びた山本有二農林水産大臣が、いったんは陳謝したものの、すぐ「冗談を言ったら首になりそうになった」などと一連の騒動をちゃかすかのような発言をした件である。つまり山本大臣も、悪いと思ってはいないが取りあえず謝っておく口だったのだろう。冗談としては全く笑えないばかりか、TPPに懸念を抱く人々を怒らせる言動だ。これだけが理由ではないが、結果、与野党の対立は深まり与党が目指していた8日の衆院通過も見送られた

 ▼政治日程のことはさておき、気になるのは山本大臣の関心である。農林水産業の発展より永田町の内輪会の方にあるのではないか。毎度ばかばかしい話は落語で十分。政治家からはもっと国民に向いた話を聞きたい。


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