▼作家水上勉は豪雪地帯で送電線を守る人々を見て心を動かされたそうだ。随想にそのときの思いを、こう記している。「文明の火壺から出る電力も、かくれたところで、人々が蟻のように働いてこそ消費者の手にとどくことを忘れないでほしい」(『続・閑話一滴』PHP研究所)。4月からそうして届く電力の小売り全面自由化が始まる。道内でも新規参入業者が家庭向けの顧客獲得に動きだしたようだ。
▼料金は下がり、サービスも多彩というのだから利用者としてはうれしい。ただ、少々ふに落ちない点もある。東京など道外で調達した電力を本道で売ることもできるというのだ。遠距離送電は損失が大きいから顧客と直接つなげるわけではない。料金だけのやり取りになるのだが、地域の電力設備をそれで持続させていけるのだろうか。現在の料金は、地域の電力会社が「蟻のように働いて」電力設備を維持してきた費用に加え、需給動向を見通すことで決めているもののはずである。
▼心配なのは、激しい競争で料金が道外に流出し、経済も収縮して地域の安定した電力環境が維持できなくなること。取り越し苦労ならいいのだが。家庭向けでないものの、2月には新電力大手が事業撤退との報もあった。同じ事が今後ないとも限らない。道内の新電力であれば地域安定供給の責任を将来にわたって共有できるだろう。さてビジネスライクな販売店に、そこまで高い意識を期待できるのか。自由化のつもりが、気が付いたら不自由になっていたのでは目も当てられない。