▼アイヌ民族のカムイユカラ(神話)の中に、「海の神が自ら歌った謡」がある。知里幸恵さんが『アイヌ神謡集』をまとめるに当たって選んだ一編だから、知っている人もいよう。こんな話である。海の神が飢饉(ききん)で苦しむ村の浜辺にクジラを打ち上げてやった。村人たちは盛装してこの海の幸の周りで喜びの舞いを踊り、海の神に感謝して贈り物を返す。自然と共に生きるアイヌの精神が伝わる。
▼このカムイユカラを思い出したのは、道立オホーツク流氷科学センター(紋別市)主催の写真コンテストが、生命の尊厳に関する問題で物議を醸したからである。9日に結果が発表されてからセンターに批判が相次いだのだという。最優秀賞に選ばれた写真が、浜に打ち上げられたクジラの上で男性がガッツポーズをとる「征服」という作品だったのだ。Webでその写真を見た。テーマが捕鯨であればまた別の見方もできようが、「オホーツクの四季」と聞けばやはり違和感がある。
▼事情を知った受賞者が辞退し、センターは今回の最優秀賞を「該当なし」にしたそうだ。写真は驚きや感動の瞬間を切り取るものだから、どんな場面を写そうと撮影者の自由である。ただ審査員とセンターには少なくとも、趣旨と合う作品を賞に選ぶ責任があったろう。アイヌもそうだが日本人は古くから動物に畏敬の念を持ってきた。各地に立つ動物慰霊碑や供養塔がそれをよく示している。今回の一件は、そんな日本人の心を刺激したようだ。海の神の怒りが届いたのかもしれぬ。