北海道150年を支えた偉人

月尾嘉男 北海道150年を支えた偉人④ 廣井 勇

2018年10月18日 18時00分

 小樽港北防波堤を実現した技師

 小樽港の北防波堤は北海道遺産に登録されている。この土木構造物は完成してから今年で110年という時間が経過しているが、現役として役立っている。冬季には強烈な北風と波浪に直面し、しかも海水によるコンクリートの劣化が進行するにもかかわらず役目を維持している驚異の存在である。

 明治政府は1869年に開拓使を設置、北海道の開発を開始するが、初期の主要な開発内容は石炭など鉱物を対象とする資源開発であった。1879年に幌内で最初の炭鉱が操業を開始し、採掘された石炭は石狩川を利用して舟運で小樽港まで運搬、そこから大型の貨物船で本州に輸送していた。

 しかし冬場には河川の凍結のため、幌内から小樽まで鉄道が計画され、1882年に官営幌内鉄道として実現した。これにより小樽港は物流の拠点となるとともに、一時は小樽一帯が札幌以上に繁栄する金融都市となるが、問題は強烈な北風のときには船舶が接岸どころか入港もできないことであった。

 そこで対策として小樽港前面に防波堤の建設計画が浮上し、工事責任者となったのが廣井勇であった。廣井は1862年に現在の高知県佐川町に誕生し、1877年に札幌農学校に2期生として入学した逸材である。卒業してから幌内鉄道の工事に従事するが、1883年からアメリカに留学する。

 帰国して母校の助教授になるが、再度、ドイツに留学し、1889年に教授に昇格するとともに北海道庁技師も兼務していた。しかし31歳になった1893年に札幌農学校を退職して小樽築港事務所長に就任、築港の前面の水深14mの海底に延長1300mにもなる堤防の建設に挑戦する。

 ここで廣井は技師としての能力を発揮する。まず波浪が堤防にもたらす圧力を計算する「廣井波圧公式」を発明し、71度34分の角度でコンクリートブロックを岸辺から沖合に敷設する工法を開発した。さらに高価なセメントの費用を節約するために火山灰を混入するコンクリートを開発した。

小樽港で北防波堤の第1期工事(1897―1908年)を施工中の風景と工事責任者として活躍した廣井勇氏(いずれも小樽開建提供)

 しかし、その強度は未知であったため、時間とともに変化する強度を測定するため6万個の試験素材を制作した。これは100年以上が経過した現在でも4000個が残存しており、毎年、破壊試験が継続されている。眼前の仕事だけではなく、日本の土木工事の未来を熟慮していたのである。

 さらに感動するのは廣井の人間としての魅力である。コンクリートブロックを海中に設置するために高価な外国のクレーンを購入した。あるとき暴風が襲来し、堤防の上部に設置してあるクレーンが転落する不安があった。廣井は懐中にピストルを所持し、万一、クレーンが海中に転落すれば自決して謝罪するつもりであった。

 1908年6月に堤防が完成するが、実際に現場で作業した人々は祝宴に招待されなかった。そこで廣井は東京在住の夫人に「ヘソクリスベテオクレ」と電報を打電し、送金された全額を使用して、式典に先立って関係者を慰労した。人情あふれる廣井の精神を彷彿(ほうふつ)とさせる逸話である。

 廣井は1899年に東京帝国大学教授に招致されるが、その最後にも人柄を象徴する逸話がある。大学構内の三四郎池でカメに見とれて初めて授業に遅刻して唖然(あぜん)とし、即座に辞表を提出したということである。このような潔癖な人々が近代日本を構築してきたことを実感させる人物である。


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