コラム「透視図」

僧衣で運転

2019年01月15日 07時00分

 昭和40―50年代、子どものころのことだが家族でよくテレビ時代劇を楽しんでいた。『大岡越前』『木枯し紋次郎』『必殺仕掛人』『子連れ狼』―。挙げていくとそれだけで紙面が尽きてしまう

 ▼人情、礼節、勧善懲悪。見どころは数々あれど、ドラマの一番の華はやはり殺陣の場面だろう。着物を粋に着こなした侍たちが長い日本刀を自在に操り、画面狭しと縦横無尽に立ち回る。毎回、胸のすく思いがしたものだ。体の自由が利かなそうな着物でよくあれだけ戦えるものだと見るたび感心していたが、洋装よりも調整の幅が広い分むしろ楽に動けるのかもしれない。動作の工夫や独特の体さばきも当然身に付いていよう。何せ普段着である

 ▼福井県の僧侶が昨年9月、僧衣を着て車を運転し、運転に支障をきたす服装だとして警察に違反切符を切られたそうだ。僧衣といえば着物のようなもの。最近その話題を知りかつての時代劇を思い出した次第。いつもの仕事着をとがめられた男性の驚きは想像に難くない。少し前からネット上で僧侶がとんぼ返りや宙返りなど軽業師のような技を披露する動画が増えていた。何だろうと気になっていたのだが、実は全国の僧侶が「僧衣でもこれだけ自由に動ける」と抗議の意味を込めて投稿していたそうだ

 ▼筆者も知り合いに僧侶がいるため車に乗せてもらう機会がある。僧衣が運転の支障になっていると感じたことは一度もない。外回り用の僧衣は案外機能的である。警察も目くじらを立てる必要はないのでないか。運転だけで大立ち回りを演じているわけでもない。


日韓関係悪化が深刻

2019年01月11日 07時00分

 長い人生の中では近しい人との心のすれ違いを経験することもたまにはあるのでないか。シンガーソングライターの浜田省吾さんは楽曲『いつわりの日々』でそんな心の葛藤を描いた

 ▼結婚していた二人の心がいつからか通い合わなくなってしまったのだ。こんな歌詞である。「背中むけたまま眠る夜/Good―bye/darlin/Good―bye/my/love/別々の夢/君は安らぎを/僕は自由を」。地理的には近しい日本と韓国も、このところ背中を向けて眠る夜が続いている。まあ、関係が改善したかと思えば、次の日にまたすれ違いが生じるのはいつものこと。それぞれに別々の夢があるのだからある意味仕方がない。ただ、今回はいつになく深刻だ

 ▼韓国海軍の駆逐艦が海上自衛隊のP1哨戒機に火器管制レーダーを照射した問題と、いわゆる「徴用工」訴訟で原告による日本企業の資産差し押さえが始まった事案のためである。このままではすれ違いどころか殴り合いに発展しかねない。駆逐艦は事実経過、徴用工は国際法から日本に理があるのは明らか。政府は断固とした態度を貫くべきだろう。とはいえ韓国を一くくりに糾弾するのもどうか。朝鮮日報オンラインを見ると、例えば駆逐艦問題への「読者の意見」では自国を批判する声に支持が集まっている。韓国民の多くは事態を公平、冷静に見ているらしい

 ▼文在寅大統領はきのうの記者会見で徴用工問題について、日本政府がこれを政治問題化していると責任を転嫁した。大統領と国民にもすれ違いが生じているのでないか。


吉田沙保里選手引退

2019年01月10日 07時00分

 往年のファンはご存じだろう。超人的伝説を数々持つブルース・リーは「ワンインチパンチ」も得意としていた。中国武術で「寸勁(すんけい)」と呼ばれる技である

 ▼パンチを打つ場合、通常は拳を一度後ろに引き反動や回転力を利用するが、ワンインチパンチは対象と接した状態から一気に力を開放する。予備動作なしで拳が繰り出されるため、相手にしてみれば気付いたときには既に吹っ飛ばされているわけだ。レスリング女子の生きた伝説、吉田沙保里選手の「高速タックル」を見るたび、そのブルース・リーの技を思い出していた。やはり組み手争いから予備動作なしでタックルが放たれる。相手選手にしてみれば、気付いたときには体をつかまれ、次の瞬間にはもう転がされている。そんな感じでないか

 ▼その雄姿を公式試合で今後見ることができなくなるとは寂しい。吉田選手がおととい、ツイッターで現役引退を発表した。「33年間のレスリング選手生活に区切りをつけることを決断した」そうだ。アテネ、北京、ロンドンの五輪と世界選手権合わせて16大会連続世界一に輝いた名選手である。テレビ番組にも度々出演し、飾らぬ明るい人柄でお茶の間を湧かせた。まさに国民栄誉賞にふさわしい、多くの人に愛された人だろう

 ▼記憶に新しいのは先のリオ五輪で金メダルを逃した直後、泣きながら「ごめんなさい」と謝った場面である。そんな必要は全くなかったのに。今私たちが言いたいのはこういうことだ。長い間素晴らしい試合を見せてくれて、そして応援させてくれて「ありがとう」。


年賀状じまい

2019年01月09日 07時00分

 年賀状を送るのはこれでおしまいにします―との意思を伝える、いわゆる「年賀状じまい」が静かに広がっているという。平成の終わりに合わせ今回実施に踏み切った、という人も多いようだ。筆者も「本年をもちまして年始のご挨拶を控えさせていただきます」と記された年賀状を何通かもらった

 ▼中止する理由はお金や時間の負担軽減、虚礼の廃止、SNSが普及したためネットで十分。気持ちはよく理解できる。一方で今も続けている人のほとんどは、相手を思い労力を掛けるのも礼儀のうちと考えている様子。これもまたもっともなことである。それはそれとして、そもそも年賀状がこれだけ社会に浸透したのは人々の手抜きが原因だったらしい

 ▼明治も半ばまでは相手宅を訪問する年始回りが常識。郵便で済ませるなどあるまじき非礼とされていたそうだ。皆が一斉に移動するものだからちまたには人があふれ、行く方も迎える方も大忙し。土産物、酒、食事と双方の負担もばかにならなかったのだとか。ところが日清、日露の戦争で訪問を遠慮する風潮が生まれ、あいさつにはがきが使われるようになる。いったん便利さを知った人々の心変わりは早かったという。本欄に度々ご登場いただく作家岡本綺堂の随想から学んだことである

 ▼年賀はがきの発行枚数はピークの2000年頃に40億枚を超えていたが、19年用は25億枚にとどまった。寂しい気もするがこれが現実。まあ、驚くこともあるまい。年始のあいさつも時代とともに、より楽な方に流れていくものなのだろう。今も昔も変わりはない。


史上最年少囲碁棋士

2019年01月08日 07時00分

 ニュース映像で見たのだが、まだあどけなさを残す顔がいざ対局となると相手を鋭くにらむような表情に変わるのに驚かされた。9歳にして目はもう勝負師のそれ。史上最年少で囲碁棋士になることが決まった大阪市の小学4年生、仲邑菫さんの話である

 ▼ニュースというのはおととい東大阪市で開かれた囲碁フェスティバル。そこで菫さんは現在五冠の井山裕太棋聖と公開対局し、互角の渡り合いを演じたのだった。勝負は時間切れ引き分け。中盤以降は井山棋聖が徐々に優勢になっていったものの、序盤は菫さんが押していたという。対局後の記者会見で井山棋聖は、男女の枠を超えて「十分天下が狙える」と絶賛していた。末恐ろしい早咲きの才能である

 ▼3歳から本格的に取り組み始めたというが、6年あれば誰もがこの域に到達できるわけでもあるまい。やはり天与の資があるのだろう。同じく3歳で始め、6歳で近郷に敵なし、9歳で本因坊家に入門した幕末の天才棋士本因坊秀策をほうふつとさせる。それにしても知力勝負での、最近の日本の子どもたちの活躍は目覚ましい。昨年10月には神奈川県の小学5年生、福地啓介君が第42回世界オセロ選手権でチャンピオンの座を獲得した。歴代最年少である。今16歳の将棋の最年少プロ藤井聡太七段は言うに及ばずだろう

 ▼彼らの活躍を見ていると、日本の未来は明るいと思えてうれしくなる。本当は全ての子どもたちに天与の資があるのだ。もっと多くの子どもたちが自分の才能に気付き、力を伸ばすことができればいい。これは大人の責任である。


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