コラム「透視図」

緊急事態宣言延長へ

2021年03月05日 09時00分

 風呂に入ろうと蛇口をひねってお湯を出す。他のことにかまけているうちそれを忘れてしまい、そういえばと見に行くと浴槽から盛大に湯があふれている。一体どれだけ無駄にしたのか。水道局と燃料業者をただもうけさせただけ。たまにやらかす失敗である

 ▼たかが風呂とはいえ流れ出すお湯を目の当たりにした驚きは案外大きい。自分のうかつさにがくぜんとし、家人からは「何をしてるんだか」とあきれられる。コップでもバケツでも同じ。油断していると水はすぐにあふれる。防ぐ方法は二つ。水を止めるか、容量を増やすかである。取るに足らない話を長々と恐縮だが、実は日本を苦しめる深刻な〝あふれ〟が一向に止まる気配もないのがずっと気になっているのだ

 ▼新型コロナウイルスの患者のことである。感染者はずいぶんと減り、諸外国と比べても少ないのに病床は今でも逼迫(ひっぱく)しているという。菅首相が3日、それを理由に東京など1都3県の緊急事態宣言を延長する考えを表明した。患者があふれそうなら容量を増やせばいいようなものだが、民間経営の病院が多いため病床増はそう簡単でないと医師団体は主張する。一方で国家的な危機だからと、一般企業や自営業者は問答無用で自粛や規制を強いられている

 ▼上陸から1年以上たち、感染者をここまで抑え込んでなお本当に病床逼迫というなら政治的に重大な失敗があったと批判されても仕方ない。政府は緊急事態宣言延長に前向きだが、その間にも失業者や自殺者はあふれそうになっているのである。うかつでは済まない。


入試延期

2021年03月04日 09時00分

 本田技研工業を創業した本田宗一郎氏は時間の重要性をよく理解していた。だからだろう。何でも時間に置き換えて考えてみるところがあったという。例えば自身の愛用する増毛剤についても、「意識しないうちに、毛の長くまとまっている時間を延ばそうと思っているのだ」(『俺の考え』新潮文庫)といった具合

 ▼もちろん工場のシステムや道路はいわずもがな。時間を効率よく使う視点を持つべきと説いている。その根底にはこんな信念があったようだ。「時間だけは神様が平等に与えてくださった。これをいかに有効に使うかはその人の才覚であって、うまく利用した人がこの世の中の成功者なんだ」。分かっていても実行するのはなかなか難しい

 ▼さて、受験生たちは神様が与えてくれた1日を有効に使えただろうか。道内の公立高校一般入試の日程が、大雪による交通障害の影響で当初の3、4日から4、5日にずらされた。受験生たちは急きょ決められた日程変更に戸惑いを隠せなかったのでないか。「真夜中に寝る子起きる子大試験」及川青山子。当日まではと体力の限界に挑戦する子、体調を崩しては何もならないと調整に入る子、いろいろな受験生がいよう。いずれにせよ肝心なのは試験日に自分を万全の状態に持っていくことである

 ▼本田氏はこうも語っていた。「絶対に同条件で二度ともらえないものは時間である。過ぎ去っているから」。勉強し、息抜きをし、直前にぽっかり空いた1日を過ごす。一つ一つ積み重ねてきた時間が試される入試はいよいよきょうから。頑張ってほしい。


送別会

2021年03月03日 09時00分

 毎年今頃の時期になると、9世紀中国の詩人于武陵の漢詩「勧酒」を思い出す。五言絶句の形式でつづられた一編だが、小説家井伏鱒二の意訳文をご存じの人の方が多いのでないか。こんな内容だった

 ▼「コノサカズキヲ受ケテクレ ドウゾナミナミツガシテオクレ ハナニアラシノタトヘモアルゾ 『サヨナラ』ダケガ人生ダ」。特に最後の一文が印象深い。元の言葉は「人生足別離」。人生に別れはつきもの―だ。3月に入り、いつもなら送別会が盛んに開かれるころである。残念なことにこのコロナ禍では大勢が一堂に会しての飲食は御法度。同じ鍋をつつきながら酒を酌み交わし、大いに語り合うこともできない。単なる慣行と思っていた送別の儀も、いざなくなってみると案外気持ちの収まりが悪いものである

 ▼全道の目安となっていた札幌市内の飲食店を対象とする道の営業時間短縮要請も先月末解除され、午後10時以降も営業できるようになったが、こんな状況では客足がすぐに戻ることはあるまい。とはいえ感染者数はずいぶんと減っている。きのうは本道で29人、動向が注目される東京も232人にとどまった。病床使用率も1日現在でそれぞれ14.8%、37.2%とかなり余裕が出ている

 ▼ワクチン接種も間近とはいえないまでも道筋は見えてきた。コロナと付き合う態勢はできつつある。感染対策のため変えねばならない日常も中にはあろう。何事にも別れはつきものだ。ただ仲間を盛り立て新天地に送り出す慣行にはサヨナラしたくない。来年の今頃は開けるようになっているといいが。


やさしいうそ

2021年03月02日 09時00分

 日本のリズムアンドブルース界を引っ張る女性歌手、ミーシャさんの名バラードに「Everything」(MISIA作詞、松本俊明作曲)がある。お気に入りの一曲という人もいるのでないか

 ▼歌は奇跡のような出会いが実現した喜びを真っ直ぐ表現する。ただ、それは道ならぬ恋だったようだ。「あなたが想うより強く やさしい嘘ならいらない 欲しいのはあなた」。そんな歌詞が複雑な関係をほのめかす。会えない本当の理由を告げると女性が傷付くと考え、男性は「やさしい嘘」をついたのだろう。女性がその場しのぎの言葉に気付かないわけもなかった。口にはしないものの、胸の内でだけは愛する人に呼び掛けるのだ

 ▼歌ではいらないとされたうそだが、最近、それが必要な場合もあることを教えられた。茨城県の小学1年生、佐藤亘紀君の作文「おとうさんにもらったやさしいうそ」にである。先日発表された第12回「日本語大賞」(日本語検定委員会)で最優秀の文部科学大臣賞に選ばれた。亘紀君はある日、おとうさんからこんな言葉をもらう。「おとうさんはちょっととおいところでしごとをすることになったから、おかあさんとげんきにすごしてね」。実はこの1週間後、お父さんは白血病で亡くなっていた

 ▼その事実を知ったのはしばらくたってから。亘紀君は書いている。「おとうさんがやさしいうそをついてくれたおかげで、ぼくのこころはつよくなれています」「やさしいうそをありがとう」。亘紀君だって本当にほしいのはおとうさんだろうに。亘紀君はやさしく、強い。


あだ名禁止

2021年03月01日 09時00分

 劇団KAKUTAを主宰する女優で劇作家の桑原裕子さんは子どものころ、「ハエちゃん」と呼ばれていたそうだ。生まれて初めてもらったあだ名だったらしい。エッセーに記していた

 ▼「どんなに追い払ってもうるさくしつこくつきまとってくるからと年上の子に命名された」というから、好奇心あふれる活発な子どもだったのだろう。大人なら眉をひそめてもおかしくないあだ名だが本人は大いに気に入っていた。ニックネームで呼ばれるのがうれしかったし、ぴったりの名前を付けるセンスにも感心したのだという。それを思い出したのは、昨今、小学校であだ名を禁止する動きが広がっていると知ったからである。テレビやSNSで話題になっていた

 ▼あだ名の中には当人をからかったり中傷したりするようなものもあり、いじめにつながりかねない。そう考える学校関係者が増えているのだとか。わざわざ校則に盛り込み、友だちとは「さん」付けで呼び合うよう指導するところまで出てきていると聞く。懸念は分からなくもない。2013年にいじめ防止対策推進法が施行されてから学校にはピリピリとした空気が漂う。ただ、一律のあだ名禁止で問題が解決するとは思えない。いじめがなくなるのでなく、見えなくなるだけでないか

 ▼桑原さんは書いている。「悪口が発祥であり、目線を変えればいじめにもなりうるその呼び名が、しかして私をこの世界に導いた」。あだ名はその人の特徴をすくい上げ、形を与える役割も果たす。功罪を理解した上で子どもたちの自然な交流を優しく見守りたい。


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