コラム「透視図」 - 北海道建設新聞社 - e-kensin - Page 121

児童虐待増加

2020年11月24日 09時00分

 ロシアの文豪トルストイに、青年将校との恋に溺れた人妻の数奇な運命をたどりながら、人間の業の深さや道徳、思想、宗教を描き尽くした大作『アンナ・カレーニナ』(光文社文庫)がある。世界中で長く読み継がれている名編だろう

 ▼トルストイは物語をこんな一文で始めている。「幸せな家族はどれもみな同じようにみえるが、不幸な家族にはそれぞれの不幸の形がある」。印象的だがやや不穏な雰囲気も漂う。2019年度の児童虐待件数が前年度より約3万4000件増え、19万3780件に上ったそうだ。増加率は実に2割以上である。厚生労働省が先週、全国の児童相談所で対応した件数を発表した。閉ざされた家の中で、「それぞれの不幸の形」に苦しむ子どもたちがこんなにたくさんいることに驚く

 ▼虐待で亡くなる痛ましい事件が相次いだため、学校や警察も積極的に関わるようになったのが通告が増えた理由らしい。つまりこれまでもあったわけで、家の中のことゆえ隠されていたのである。最も多かったのは暴言を吐いたり子どもの前で家族に暴力を振るったりする「心理的虐待」で全体の56.3%。殴るなど暴行を加える「身体的虐待」の25%、「育児放棄」の17%がこれに続く

 ▼心配なのはコロナ禍で虐待がさらに増えたことだ。通告は昨年を上回るペースという。外出自粛や収入減でストレスを抱えた親が子どもをはけ口にする例が目立つのだとか。学校や警察の目も届きにくい状況のため、問題が潜在化する懸念もあるようだ。不幸の形をこれ以上増やしてくれるな、コロナよ。


どうなる東京五輪

2020年11月20日 09時00分

 夏は例年以上の暑さになると見込み、肥料をつぎ込んで米の収穫量を大幅に増やそうと勝負に出た農家の男がいた。思惑が当たり、稲は他の家の田んぼとは比べものにならないくらい大きく成長する。ただしそれは途中までのこと

 ▼稲に赤い斑点が出て、収穫前に全滅してしまったのだ。伝染病にやられたのである。お気づきの人もいようが、現実の出来事ではない。宮沢賢治の童話『グスコーブドリの伝記』である。打ちのめされはしたものの、男は再起をかけて誓う。「こんなことで参るか。よし。来年こそやるぞ」。そこでブドリに伝染病対策を徹底して学ばせ、翌年の秋には4年分の収穫を上げたのだった

 ▼先日、国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長が日本を訪問し、菅首相と会談。新型コロナウイルスのパンデミックで延期になった東京五輪・パラリンピックの来夏開催を確認した。「こんなことで参るか。よし。来年こそやるぞ」ということだろう。不安を吹き飛ばしたわけだ。とはいえ今のままでは実現などおぼつかない。世界はもとより日本でも新規感染者数が連日、最多記録を更新しているのである。当の東京もきのう、1日の感染者数が初めて500人を超えた。開催確認をあざ笑っているようでないか

 ▼来年、五輪の火を会場でともすには、ワクチン開発はもちろん、選手やスタッフ、観客といった関係者全員がブドリのように徹底して学ぶ必要があろう。できない理由を並べるより、困難を乗り越え実現させられる方策を探りたい。その収穫は大きいはずである。


伝統建築工匠の技

2020年11月19日 09時00分

 三重塔や五重塔に代表される多重塔はかつて、100m近い高さのものまであったという。現存する木塔のうち最も高いのは東寺(京都)の五重塔で54・8m。一度行ったことがあるが、近くで見てその高さに圧倒された。天に昇るかのような姿が美しい

 ▼ただ基壇の面積の割に高さがかなりあるため、地震や嵐で倒れたりしないか少し気になった。ところが木塔が地震で倒壊した例は史上皆無といわれているそうだ。幸田露伴の小説『五重塔』にも、暴風雨に襲われ江戸の家屋が大きな被害を受けたのに、出来たばかりの五重塔は「釘一本ゆるまず板一枚剥がれざりし」という場面があった。それだけ卓越した技術が使われていたのである

 ▼法隆寺金堂の修復で知られる宮大工西岡常一さんの言葉を思い出す。「こうした木ですから、この寿命をまっとうするだけ生かすのが大工の役目ですわ」「そのためには木をよくよく知らなならん。使い方を知らな」(『木のいのち木のこころ〈天・地・人〉』新潮文庫)。これからも末永く残していくべき伝統だろう。その追い風となるに違いない。日本の木造建築を受け継ぐ職人の技術を網羅した「伝統建築工匠の技」が、ユネスコ無形文化遺産に登録されることが確実になった

 ▼構成技術は修理や木工、かやぶき、彩色、漆塗り、左官、建具など17分野に及ぶ。先細りが懸念される伝承者の養成に弾みが付くのは確実だ。修理サイクルを見越して材料の育成から取り組む日本の木造技術は世界でもまれ。持続可能性が叫ばれる今の世に再び一石を投じるのでないか。


ワクチンは有効

2020年11月18日 09時00分

 冬来たりなば春遠からじ―。長い冬の入り口に立つ今時期、毎年その言葉で自分を励ましている。詩人丸山薫の随想「春来るまで」を思い出すのもこのころだ

 ▼雪に閉ざされた山間の村で春を招き寄せるためにしているこんな作業が記されているのである。春を人力で呼ぼうと子どもたちが「箱橇に土をつんで、遠くへ運んでゆく。そして土をばら撒く。土の黒さが太陽の熱を吸って、田畑を覆う雪を消すようにと」。その風景を毎日眺めていた丸山はある日起きた小さな変化も見逃さなかった。「とうとう、どこかにぽっかりと穴があく。そこから半年ぶりに懐かしい土がのぞく。ああ、黄金いろの福寿草!」。待ちわびた春の象徴。歓喜の瞬間である

 ▼こちらも雪解けの兆しといっていいのかもしれない。米国の新型コロナウイルスワクチンが開発の最終段階で高い有効性を示したことが分かった。期待の大きさだろう。きのう、東京株式市場の日経平均株価が29年ぶりに2万6000円台の値を付けて引けた。米製薬会社モデルナが16日、最終治験で94.5%の有効性が得られたと発表すると、ニューヨーク株式市場のダウ工業株30種平均は過去最高値を更新。翌日の日経平均もこれに引っ張られる形で寄り付きから続伸したのである

 ▼何度も猛吹雪に襲われた過酷な冬が終わるとなれば人々の気持ちが上向くのも当然だろう。コロナに閉ざされ何も見えなかったところにぽっかりと穴が開いたのである。先の随想で子どもが言う。「先生。今朝、燕を見ました」。ワクチンも早く渡ってくるといいのだが。


エジプトでことし最大の発見

2020年11月17日 09時00分

 エジプトのピラミッドはなぜあれほど抜きん出て大きいのか。古今東西の個性あふれる建築物を訪ね歩く建築探偵としても名高い藤森照信東大名誉教授はこう見る

 ▼「ピラミッドが大地の風景を越えた時、大地の上を流れる時間も越えたように見る人には伝わる」。そう演出することで、「ファラオは、大地を造り時間を支配する神の絶対性を自分も手に入れようとしたのでは」(『フジモリ式建築入門』筑摩書房)。そんなピラミッドの起源とされているのが紀元前2600年頃に造られたサッカラの階段状ピラミッドである。王と神が同格とみなされ、霊魂の不滅と復活を基盤とする宗教が浸透していた時代の産物だ

 ▼この階段状ピラミッドを中心とするサッカラ遺跡でことし最大の発見があったという。2500年以上前の木棺100基あまりとミイラ、副葬品などが保存状態の良いまま発掘されたのである。エジプト政府が14日、発表した。発掘は途中というからこの先もどんなすごい宝物が出てくるやら。ニュース映像を見ると、本当に古代の遺物なのかと目を疑うくらい色鮮やかで美しい。細かな装飾や細工も往時の姿そのままのようだ。卓越した技術には感心するほかない。さすがに測量や設計から施工計画、材料加工までの一貫した建築体系を編み出し、時代を超えるピラミッドを造った古代エジプト人である

 ▼それはそうと今回、唯一公開されたミイラの40代男性も魂があればさぞ驚いたろう。復活ではなかったものの、久しぶりに起こされたと思ったら多くの人の注目を浴びていたのだから。


ヘッドライン

ヘッドライン一覧 全て読むRSS

e-kensinプラス入会のご案内
  • web企画
  • 古垣建設
  • オノデラ

お知らせ

閲覧数ランキング(直近1ヶ月)

おとなの養生訓 第245回 「乳糖不耐症」 原因を...
2023年01月11日 (1,658)
函館―青森間、車で2時間半 津軽海峡トンネル構想
2021年01月13日 (1,483)
おとなの養生訓 第43回「食事と入浴」 「風呂」が...
2014年04月11日 (1,128)
アルファコート、北見駅前にホテル新築 「JRイン」...
2024年04月16日 (1,094)
おとなの養生訓 第170回「昼間のお酒」 酔いやす...
2019年10月25日 (937)

連載・特集

英語ページスタート

construct-hokkaido

連載 おとなの養生訓

おとなの養生訓
第258回「体温上昇と発熱」。病気による発熱と熱中症のうつ熱の見分けは困難。医師の判断を仰ぎましょう。

連載 本間純子
いつもの暮らし便

本間純子 いつもの暮らし便
第34回「1日2470個のご飯粒」。食品ロスについて考えてみましょう。

連載 行政書士
池田玲菜の見た世界

行政書士池田玲菜の見た世界
第32回「読解力と認知特性」。特性に合った方法で伝えれば、コミュニケーション環境が飛躍的に向上するかもしれません。