コラム「透視図」 - 北海道建設新聞社 - e-kensin - Page 122

宇宙(そら)へ

2020年11月16日 09時00分

 巨大隕石落下で第2次大戦直後から宇宙移民を進めねばならなくなった人類の挑戦を描くSF『宇宙(そら)へ』(メアリ・ロビネット・コワル、早川書房)を最近読んだ

 ▼胸が弾んだのは初めて打ち上げが成功した場面である。「首尾よく軌道に乗れば、これで宇宙ステーション確立に一歩近づくことになる。それはつまり、月面基地に一歩近づくということだ。そして、火星、金星、その他の太陽系の惑星にも」。未来をかけて宇宙に乗り出して行こうとするときの人々の希望と高揚がこの一節に凝縮されている。民間宇宙船の運用第1号クルーに選ばれた野口聡一さんも今、同じ気持ちでいるのでないか

 ▼本欄執筆時点ではまだ出発していないが、うまくいけばこの新聞が届くころには国際宇宙ステーションに向かっているはずである。搭乗機は米スペースX社の「レジリエンス」。困難を乗り越えることを意味する言葉だ。クルーチームが新型コロナウイルスに打ち勝とうとの願いを込め、命名したという。野口さんは今回、約半年間の滞在で人工多能性幹細胞(iPS細胞)の実験や東日本大震災10年のメッセージ発信に取り組むそうだ。打ち上げを間近に控えた9日には、人気漫画『鬼滅の刃』を意識し「〝全集中〟で臨みたい」と語ったというから気合は十分なのだろう

 ▼宇宙といえば20日後の12月6日には、「はやぶさ2」が小惑星リュウグウの物質を携え地球に帰ってくる。地上は新型コロナの感染再拡大で沈んだ雰囲気もあるが、そんなときこそ「そら」を見上げ明るい希望を取り戻したい。


小さい心

2020年11月13日 09時00分

 童謡詩人金子みすゞの作品の一つに「こころ」がある。母親と自分の心の内奥を真っ直ぐに見つめるまなざしが強く印象に残る一編だ。前半は「お母さま」について静かに語っている。その二節を引く

 ▼「お母さまは 大人で大きいけれど、お母さまの おこころはちいさい。だって、お母さまはいいました、ちいさい私でいっぱいだって」。お母さまの心が小さいのではない。みすゞへの愛情が大きすぎるのである。こちらの母親の心は子どもさえ入らないほど本当に小さかったのかもしれない。虐待を受けて衰弱死したとされる池田詩梨(ことり)ちゃん事件の裁判でおととい、保護責任者遺棄致死の罪に問われている被告の母親に懲役14年が求刑された。懲役の長短はともかく、裁判の経過を知り暗たんたる思いにとらわれた人は少なくないのでないか

 ▼たった2歳の子どもが生きる力を保てないくらい衰弱して亡くなったのは明らかなのに、実の母親も交際相手の男も共に無罪を主張して譲らないのである。母親は吐いた食べ物を喉に詰まらせての窒息死で虐待による衰弱死ではないと言い、地裁で懲役13年の判決を受け控訴した交際相手も傷害を否定。これでは詩梨ちゃんが亡くなった後も、なお虐待を続けているようなものだろう

 ▼詩はこう続く。「私は子供で ちいさいけれど、ちいさい私の こころは大きい。だって、大きいお母さまで、まだいっぱいにならないで、いろんな事をおもうから」。詩梨ちゃんがどれだけ大きな心で頑張って耐えて元気に振る舞おうとしていたか。なぜ気付かない。


89歳の元保険外交員

2020年11月12日 09時00分

 近くにあっても大き過ぎると逆に目に入らない。誰でも経験のあることでないか。物に限らず、犯罪にもそういうところがある。SF作家の星新一も短編「大犯罪計画」で首謀者にこう語らせていた

 ▼「犯罪というものは、大きければ大きいほど成功しやすいものだ。それなのに多くの連中は、小さな、くだらない、型にはまったことをやる」。型通りのことなら警察も慣れているから、簡単に見抜かれるというのだ。山口県周南市で起きた詐欺事件の報に触れ、その作品を思い出した。第一生命保険(東京)徳山分室に勤務していた89歳の元保険外交員の女性が、顧客に偽りの金融取引を持ち掛け、約19億円をだまし取っていたというのである。同社が9日、報告書を公表した

 ▼年齢と被害額だけでも驚きだが、さらに興味深いのはその人物像だ。飛び抜けた成績によって社内で唯一「特別調査役」の肩書をもらい、定年もなし。当人を祝う会には、地元政財界幹部が数多く駆け付けるほどの有名人だったらしい。こんな「大物」に「私だけが扱える特別高金利な金融商品がある」と勧められたら、資産運用を任せたくなるのが人情だろう。たとえ渡される預かり証が手書きだったとしてもである

 ▼大手生保の特別な肩書と地元政財界とのコネ。「大きければ大きいほど成功しやすい」を地で行ったようなものだ。以前から不正を指摘する声はあったものの、影響力が強すぎて解明できなかったという。そんな会社の姿勢も疑問だが、最も分からないのは高齢になってまで金に執着した元外交員の胸の内である。


新語・流行語大賞

2020年11月11日 09時00分

 明治時代にはまだ、全国の人が同じ言葉を使い不自由なく話を通じさせられる標準語がなかった。そうした近代日本語の成立に中心的役割を果たしたのが国語学者上田万年である

 ▼その挑戦を描いた『日本語を作った男 上田万年とその時代』(山口謡司、集英社)を読んでいて、こんな一節に目が止まった。「言語は、自然にできるものではなく、人間の集団的歴史、あるいは精神的所産であると考えるのである」。流行語というものもやはり人間の精神的所産なのだろう。先週発表になったことしのユーキャン「新語・流行語大賞」ノミネート30語を見てそれを感じさせられた。定義を広くとらえると、ほとんどが新型コロナウイルス関連なのである

 ▼「クラスター」や「3密」、「PCR検査」といった直接的つながりを持つ言葉から、「ニューノーマル」、「ソーシャルディスタンス」、「オンライン〇〇」といった新たに作られた言葉まで。一つの事象にこれだけ多くの言葉がひも付けられるのは珍しい。ゲームソフト「あつ森(あつまれどうぶつの森)」や「テレワーク」も家で過ごす時間が増えたために広まったものだし、「自粛警察」もコロナ対策の不備を過剰に叩く風潮から生まれた

 ▼ことしの世相を語るには十分な数で、もうこれ以上の新語はいらないというのが正直なところである。ところが寒冷期に入り、本道の新型コロナ感染はうなぎ上り。きのうも新規感染者が160人を超えた。いつまで続くのか。来年は「ワクチン奏功」や「終息」などの言葉で大賞を埋め尽くしたいものだが。


トランプ対バイデン

2020年11月10日 09時00分

 史上最年少で王位と棋聖の二冠を獲得した藤井聡太八段の活躍を見ていて覚えた将棋の作法がある。愛好家には常識なのだろうが、ほとんどの人は知らないのでないか。将棋では手詰まりになった方が、「負けました」と宣言することで対局が終わるというのである

 ▼どこからどう見ても相手に勝ち目はなくなったと分かっていても、優勢な方が「はい、僕の勝ち」と自己判断で対局をやめることは許されないそうだ。敗者が自ら潔く負けを認めることで気持ちに区切りを付け、次への学びに変えていく。一対一の勝負に正々堂々臨む棋士のプライドを感じさせられる作法である

 ▼米大統領選にもよく似た作法があるらしい。負けた候補者が先に敗北宣言を出し、それを受けて勝者が名乗りを上げるという伝統である。選挙戦で生じた遺恨や分断をいったん脇に置き、国民が再び一つの目標の下に結集できるようにするための知恵なのだとか。見ていると、どうやらトランプ大統領はこの伝統を守る気がないようだ。全米投票では8日までに、民主党候補ジョー・バイデン前副大統領が選挙人の過半数を獲得し、当選を確実にした。菅首相をはじめ各国首脳も次々とバイデン氏に祝辞を贈っているが、トランプ氏は盤を見つめたまま動かない

 ▼バイデン陣営が不正をしたと主張し、選挙制度の穴や法廷闘争などあらゆる手段を使って王手を狙う構えだ。ただ、これもまた米国流民主主義。最終的にどちらが勝つにせよ、分断が取り返しのつかないところへ行く前に、敗者から「負けました」のひと言が出るといい。


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