大阪大学が最近発表したある論文の波紋が静かに広がっている。子宮頸(けい)がんの原因となるヒトパピロマーウイルス(HPV)への感染を防ぐワクチンの接種率が減少したことで、死亡する日本人女性が将来、約4000人増える可能性があるというのだ
▼国が2013年4月に小1から高1の女子を対象にワクチンの積極的勧奨を始めたものの、副作用が社会問題化し、同6月に中止されたままのためである。こうなったのにはマスメディアの責任が大きい。まず朝日新聞が副作用に苦しむとされる女性を大きく取り上げ、薬害の視点でワクチンの危険性を訴える記事を出し続けた。これに他のメディアも便乗し、よってたかってHPVワクチンを悪者に仕立て上げたのである
▼恐怖に震え上がった世論を前に、国は接種勧奨を引っ込めるしかなかった。医学的効果がはっきりしていて、WHOも一貫して推奨していたのにである。対するメディア側の根拠は副作用があったと主張する人がいるというだけ。心理学者スティーブン・ピンカーが『コロナ後の世界』(文春新書)でこう述べていた。「人はなぜ理性や科学による進歩を正しく認識できないのでしょうか。原因の一つは、ジャーナリズムです」。理由は「この惑星に起きている最悪なこと」を選んで伝えるから
▼その結果が、諸外国はほぼ押さえ込んでいるのに日本では年間2900人が死亡する事実である。論文は一刻も早い接種勧奨再開を求めている。当時間違ったメディアは今こそ大きく報道すべきだが、残念ながらそんな様子はない。