山登りをする際に大切な心掛けの一つは、「やめる勇気」を持つことである。荒天や体調不良など条件の悪化が見られるときは、たとえ登山口まで来ていたとしても計画を中止したり、頂上付近まで行っていたとしても引き返す判断をしなければならない
▼勇気とは大げさなと思う人もいよう。ただ、時間も手間もお金もかけて現地まで行き、すぐ目の前に憧れの山の頂があるのに登らないという選択をするのである。登山のリーダーにはそれくらい強い決断力が必要だし、責任感も欠かせない。遭難事故が起きてから後悔しても遅いのだ。知床半島沖で小型観光船「KAZU I(カズワン)」が沈没し、20人が死亡、6人が不明となっている事故からまもなく1年になる。こちらのリーダーはどうだったか
▼先日の北海道新聞に、運行会社の桂田精一社長が最近の取材で「出航自体は間違いではなかった」と主張したとの記事が出ていた。同じ状況に立たされた登山隊の隊長からは、まず出てこない発言だろう。キャンプ地は快晴でも、遮るもののない稜線で猛吹雪に襲われる可能性が高ければ隊長は出発を許さないものだ。隊員が「行ける」と言ってもである。もし行かせて遭難したなら出発は間違っていたと反省するほかない
▼遊覧観光も自然相手。本来はさまざまな状況や気象条件など全体を見渡した上で、出航の可否を決めるべき。社長は船長を信じたというが、責任者として自ら判断し、「行くな」と言えば済んだ話である。そのひと言を発する勇気がなかったばかりに、多くの人の命が失われた。