コラム「透視図」 - 北海道建設新聞社 - e-kensin - Page 132

マイナポイント

2020年09月02日 09時00分

 ドイツ文学者池内紀氏は晩年、ある病気に悩まされていたという。症状が出ると全身がだるく、気も重くなるんだとか。「おっくう」という病らしい。エッセーにこう記していた

 ▼「医者のカルテにはしるされていないから、医学的には病気ではないのだろう。若い人がかかるケースはごく少ないと思われる。齢とともに疾患率が高まって、老いの到来とともに歴然とあらわれる」。同病の人も少なくないのでないか。確かに相当厄介だ。週末は久々に遠出でもしようかと楽しみにしていたのに、いざ当日になると面倒くさくてやめてしまう。新たな趣味を始めようと気持ちは動くものの、なかなか一歩を踏み出せない。特効薬もなさそうである

 ▼マイナンバーカードを持つ人に最大5000円分のポイントを付与する総務省の「マイナポイント」事業がきのう始まった。ところが事前申し込みは極めて低調なんだそうだ。これも知名度の低さに加えて、「おっくう病」が障害になっていると思うのだがどうだろう。実際に手続きした経験から言うと完了までの道のりは険しい。まずカードの発行を申請し、通知が届くまでに1カ月余り。自治体窓口に受け取りに行き、手にしてからどのキャッシュレスサービスと連携させるか頭を悩ませる

 ▼作業はスマホでできるとはいえ一筋縄ではいかない。エラーばかり出ると途中で投げ出したくなる。これではおっくうになるのも当たり前。普及するには人口の過半数を占める中高年齢層に広げねばならないが、彼らはおっくう病の予備軍である。さて国に妙薬はあるか。


花束を君に

2020年09月01日 09時00分

 幅広い世代にファンを持つシンガーソングライター宇多田ヒカルさんの楽曲の一つに、『花束を君に』がある。NHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』の主題歌としてご記憶の人も多いに違いない 

 ▼歌の後半にこんな一節があった。「花束を君に贈ろう 愛しい人 愛しい人 どんな言葉並べても 君を讃えるには足りないから 今日は贈ろう 涙色の花束を君に」。言葉では伝えきれない思いを花束に託すのである。愛しいわけではないが、こちらもやはり多くの人が本人に直接伝えられない気持ちを、支持という花束に代えて贈ったのでないか。安倍晋三首相が辞任を表明した直後に実施された世論調査で、内閣支持率が急上昇する現象が見られたという

 ▼共同通信の調査では56.9%と、辞任表明前の8月22、23日時点より20.9ポイント増加。日本経済新聞社の調査でも55%と、前回7月時点より12ポイント増えている。さらに日経は首相在任中の実績についても質問。肯定的に評価する人が全体で74%に上ったそうだ。辞任表明後に支持率がこれほど伸びるのも珍しい。少し前まで新型コロナ対応の迷走で支持率は発足以来最低に落ち込んでいたのである。病気が理由とはいえ、任期途中での辞任はさらなる下落の引き金になってもおかしくなかった

 ▼今回、各国首脳らが相次いで首相をねぎらう声明を発表したのも過去ほぼ見られなかった風景である。これも世界でリーダーシップを発揮した首相への感謝の花束のようなもの。毀誉褒貶(きよほうへん)はあれどたくさんの花束を受け取る功績はあった人だろう。


大阪万博ロゴ決まる

2020年08月31日 09時00分

 中高年世代にとって芸術家岡本太郎といえば、1970年に大阪で開かれた日本万国博覧会(万博)を象徴する「太陽の塔」と、テレビCMで氏が叫んだ「芸術は爆発だ!」の言葉だろう

 ▼太陽の塔は安易な技術信仰と進歩志向を批判し、人間は本来持つ原初の生命エネルギーを爆発させて生きるべきと呼び掛けるものだった。万博のテーマ「人類の進歩と調和」と真っ向対立する塔は当時大いに物議を醸したものだ。著書『自分の中に毒を持て』(青春文庫)に氏はこう記していた。「それは皮相な、いわゆるコミュニケーションをけとばした姿勢、そのオリジナリティにこそ、一般を強烈にひきつける呪力があったのだ」。既成概念をひっくり返すこのDNAは現代にも継承されていたようだ

 ▼「2025年日本国際博覧会」(大阪万博)のロゴマークが先週決まった。採用されたのは大阪市に本拠を置く「TEAM INARI」のアイデア。その何とも名状し難いデザインに早速賛否両論が入り乱れている。さまざまな形の赤い「CELL(細胞)」が関西圏を模したエリアを不規則に囲み、その中の5個には青い目(核)が付いている。コンセプトは「いのちの輝き」。CELLたちは生きているそうだ
 
 ▼ネットは発表直後から、「気持ち悪い」「かわいい」「怖い」「斬新」といった声であふれた。それもそのはず。左右非対称で造形としては不安定ながらなぜか目が離せない。選考委員会座長の安藤忠雄氏も「新しい時代を切り開く」と高く評価。これが岡本太郎の言う「呪力」なのかもしれない。


わらでできたVPN

2020年08月28日 09時00分

 誰もが知っているおとぎ話の「三匹の子豚」は題名こそかわいいものの、かなり残酷な内容を含む。覚えておられるだろうか

 ▼親元を離れて暮らすことにした三匹の子豚の兄弟が、それぞれ家を建てることにしたのである。気の短い長男は適当なわらの家、面倒くさがりの次男は簡単な木の家を建てた。ただ、しっかり者の三男だけは安全を重視しレンガの家を建てたのである。そこにやってきたのが悪いオオカミだ。家を息で吹き飛ばされた長男と次男は丸のみにされてしまう。ところがレンガの家は息でも体当たりでも壊れない。三男だけが無事だったのである。大切なものを作るときは間に合わせで済ますのでなく、しっかりと手間暇を掛けるべきと教える

 ▼どうやら世の中がデジタル化されてもこの教訓の正しさは変わらないらしい。日立化成や全薬工業など国内38社が悪質なハッカーによるサイバー攻撃を受け、テレワークに欠かせないVPN(仮想私設網)のユーザー情報や暗証番号が流出したそうだ。今回は米パルスセキュア社のVPNが狙われた。同社は事前に情報漏えいを招きかねない穴に気づき、修正プログラムを配布。なのに多くの企業は危険なまま使い続けていた。わらの家でも大丈夫と甘く見ていたわけだ

 ▼幸い各社の基幹情報はレンガの家にあったため被害を免れた。とはいえことし1月の三菱電機のように、やはりVPNを中国系ハッカーに襲われ防衛機密を盗まれた例もある。大事な情報を今もわらの家に置いてある会社は、丸のみにされる前に三男の子豚を見習った方がいい。


2類相当見直し

2020年08月27日 09時00分

 昔のテレビドラマには病院内での出来事を映し出すこんなシーンがよくあった。まず重い病気や深刻な事故で一人の患者が病院に運ばれてくる。担当する医師が力を尽くして救命措置を施す。家族らは意識のないままベッドに横たわる患者をただ見つめているだけ

 ▼処置を終えた医者が言う。「今夜が峠になります」。一夜明け、患者が静かに目を開ける。喜ぶ家族。医者が笑顔で「どうやら峠は越えたようですね」。ドラマを見ているこちらまで緊張の糸が解け、うれしさがこみ上げる瞬間である。この報に触れ、それと似た気持ちになった人はたぶん筆者だけではあるまい。先週開かれた日本感染症学会で、政府新型コロナウイルス対策分科会の尾身茂会長が「現在の流行は全国的にほぼピークに達したとみられる」との見解を示したのである

 ▼峠は越えたということだろう。重症者は依然じりじりと増えているが、医療崩壊を起こすまでには至っていない。日本の感染拡大防止策が成功している証拠でないか。OECD加盟国に中国とロシア、インドを加えた40カ国の10万人当たり死者数(26日現在)は、日本が0・95人で5番目に少ない。国民の間に三密回避とマスクの新たな習慣が広がり、医療機関に患者を重症化させない治療ノウハウが蓄積された結果だ

 ▼尾身会長は24日、感染者全員に入院勧告する今の「2類相当」を緩める方向で見直す可能性にも言及した。医療資源を重症者に集中するためである。政府も前向きらしい。まだ先は長いが後は下るだけ。遠くにうっすらと元の生活が見えてきた。


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