コラム「透視図」 - 北海道建設新聞社 - e-kensin - Page 136

ドーナツ

2020年07月31日 09時00分

 大手チェーン店が進出してくる前から、ドーナツは誰もが大好きなおやつだった。子どものころ、台所から甘い香りが漂ってくるとわくわくしたものだ。家庭で簡単に作れるのもいいところである 
 ▼長田弘さんの詩に「ドーナッツの秘密」がある。「ごく簡単なことさ。牛乳と卵とバターと砂糖と塩、ベイキング・パウダーとふるった薄力粉、それから、手のひら一杯の微風、ボウルに入れて、よく掻きまぜて練る」。そう始まって、「熱い油のプールで静かに泳がせる」「きれいな粉砂糖とシナモンをまぶす」と次第に出来上がっていく。読んでいると無性に食べたくなる。そんな愛すべきドーナツがやり玉に挙げられた悲しい事故だった

 ▼2013年、長野県の特養老人ホームで、当時85歳の入所女性がおやつのドーナツを食べて窒息死したのだ。介護職員を手伝いドーナツを提供した准看護師が業務上過失致死罪に問われた。1審は有罪だったが准看護師は控訴。東京高裁が28日出した判決は逆転無罪だった。女性のおやつは喉詰まりを防ぐため事故の約1週間前、ゼリーに変更されていたという。配膳を手伝っただけの准看護師に分かるはずもなかった。それが罪になるなら介護の現場は立ちゆくまい

 ▼高齢者や病人の食事介助はかなり神経を使う仕事である。体勢から一口の形状、食べ進むペースまで。一方で介助される側にとって食べることは栄養を取る以上に楽しみなのだ。亡くなった女性もドーナツがうれしかったろう。十分に注意しながら、介護は生きがいに寄り添う仕事であり続けてほしい。


韓国に建てられた銅像

2020年07月30日 09時00分

 世界自然遺産に登録されている知床国立公園の斜里町側玄関口、ウトロに松浦武四郎翁顕彰碑がある。武四郎は幕末から明治にかけて活躍した探検家で、「北海道」の呼び名を考えた人だ。2018年に実施された北海道命名150年事業で知った人も多いのでないか

 ▼当時は千島列島への中継地にもなっていたからだろう、知床は武四郎にとってゆかりの深い場所だった。生涯に3度訪れ「知床日誌」を残している。顕彰碑は没後100年に当たる1988年に有志が建立したという。これによって観光客は、武四郎の功績や知床の歴史の一端に触れることができる。土地にふさわしいモニュメントとはそのようなものだと思っていたのだが

 ▼お隣の国は必ずしもそうではないらしい。韓国平昌郡の五台山国立公園入り口にある「韓国自生植物園」に、慰安婦少女の前で安倍首相が土下座をする銅像が設置されたという。「永遠の贖罪」との題が付けられている。韓国の山には侮辱の花でも咲いているのだろうか。朝鮮日報Web版によると今はあやふやにしているものの、植物園の園長は当初、謝罪する男性は安倍首相だと明言していた。今の韓国で効果的に集客するには植物より反日というわけだ

 ▼私立だから問題ないとの声もあるが、違うのでないか。もし知床に韓国嫌いの社長がいたとしても、国立公園の入り口にわざわざ文在寅大統領をやゆする銅像を建てたりしない。韓国内に、日本に対しては国際儀礼を無視してよいとの空気があるのだろう。自分の顔に泥を塗るようなものだ。やめた方がいい。


コロナとの付き合い方

2020年07月29日 09時00分

 新型コロナウイルスの緊急事態宣言が解除されて2カ月が過ぎた。ウイルスを力ずくで封じ込める時期から、ある程度の感染を許容して上手に付き合う段階に移っている

 ▼ただこれがなかなか厄介だ。例えばマスク。当方は普段、屋外でマスクをしていないが、店ですぐに装着できるよう出しやすくはしてある。ところが店の中をしばらくさまよった揚げ句、はたとマスクを着け忘れていることに気付いたりするのだ。慌てて出して口元を覆う。冷や汗である。先の連休にはこんな出来事もあった。とある道の駅へ行くとスマホで仲良く自撮りをしている男女がいた。たまたま横を通ったため「シャッター押しましょうか」と申し出ると、笑顔で「いえ大丈夫です」とのこと

 ▼断られて気を悪くしたわけではないが少し心に引っ掛かるものがあった。その答えを見つけたのは家に帰ってからである。たぶん自分のスマホに触れてほしくなかったのだ。コロナはどこにいるか分からない。いらぬ気を遣わせてしまった。困っている高齢者や目の不自由な人の手を引く、落とし物を拾ってあげる―。そんなこれまで当たり前にしていた行動をとるにも、いちいち感染の可能性を考えねばならない昨今である。このコロナは人と人との信頼関係にくさびを打ち込む。社会を壊そうとしているようで実にたちが悪い

 ▼きのうの感染者は本道が札幌のみで3人にとどまったものの、首都東京は266人に上った。付き合いはまだ当分続きそうだ。とはいえ上手な付き合い方が人を遠ざけることなら、寂しい話というほかない。


ALS患者嘱託殺人

2020年07月28日 09時00分

 シェイクスピアの作品を読んでいなくとも、悲劇『ハムレット』のこのせりふを知っている人は多いのでないか。「生きるべきか死ぬべきかそれが問題だ」

 ▼できればそんな局面に立たされたくはないが、運命は時に残酷だ。人に究極の選択を強いる場合がある。難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)に苦しみ、安楽死を願ってSNSで知り合った医師に薬物の投与を依頼した女性も、そう悩んだ末のことだったろう。女性は昨年11月30日、急性薬物中毒で死亡。投与に関わった2人の医師が先週、嘱託殺人の疑いで京都府警に逮捕された。報道によると女性はおととしの春頃から、SNSで安楽死を希望する思いを発信していたらしい

 ▼生を全うすべきか、安楽死という名の自殺を容認するべきか。まだ日本に合意できる答えはない。文芸評論家本多秋五はかつて論集『芸術・歴史・人間』で自殺を肯定的に捉えこう記していた。「生命が死にも劣る状態に置かれるのを耐えがたく思えばこその自殺ではないか」。反対の見方もある。劇作家の倉田百三は知人が重度の肺結核を悲観して自殺した現場に遭遇。温かさの残る手を握ったとき、「生に対する無限の信仰と尊重とを抱いて立つとき自殺は絶対的の罪悪ではあるまいか」(『愛と認識との出発』)と感じたそうだ

 ▼難しい。ただ女性も一人で抱え込むのでなく周りの人と共に考えられたらよかった。ALSでも前向きに生きる人はたくさんいる。そうなれたかもしれないのだ。手を貸した医師は最初から死なせる方にしか関心がなかったとしか思えない。


ホッキョクグマ絶滅

2020年07月27日 09時00分

 荒々しい大地にエスキモー、ホッキョクグマ、オーロラ―。北米アラスカの自然を撮り続けた写真家の星野道夫さんは、かつて世界の多様性と心の豊かさについてこんなことを語っていた

 ▼「ぼくたちが毎日を生きている同じ瞬間、もうひとつの時間が、確実に、ゆったりと流れている。日々の暮らしの中で、心の片隅にそのことを意識できるかどうか、それは、天と地の差ほど大きい」(『旅をする木』文藝春秋)。われわれは日頃、仕事や家事、雑事に追われて暮らしている。当たり前すぎて追われていることにも気付かないほどだ。そんな中で、例えば自分が生きている同じ時代にホッキョクグマがのっしのっしと歩いている事実を意識できたとしたらどうだろう。少しほっとするような、豊かな気持ちになるのでないか

 ▼そう問い掛けていた星野さんがもし今も生きていれば、このニュースを聞いてがっかりしたに違いない。2100年までに、ホッキョクグマはほぼ絶滅するとの論文が発表されたという。先週、英科学誌ネイチャー・クライメート・チェンジに掲載されたそうだ。AFP時事が伝えていた。気候変動の影響で海氷が減り、餌のアザラシを狩れる時間が確保できなくなっているのが主な原因らしい。ホッキョクグマといえども泳ぎ続けてばかりはいられないのだ

 ▼これまでも絶滅の危機は叫ばれていたが、期限を明らかにした研究は今回が初めてという。ホッキョクグマがいなくなると一つの時間が永久に消える。地球からまた少し多様性が失われるわけだ。心の豊かさは言うに及ばず。


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