コラム「透視図」 - 北海道建設新聞社 - e-kensin - Page 142

クルド人のデモ

2020年06月16日 09時00分

 孫子の兵法の一つに「借刀殺人」があるそうだ。物騒な言葉だが、本質は他者の力を借りて自分の目的を果たすところにある。「戦わずして勝つ」を基本に据える孫子らしい計略といえるのでないか

 ▼教えはこうだ。「敵国を倒そうとするときには有利な条件を提示するなどして第三国を取り込みその国に敵国を攻撃させよ」。自国は労せず利だけ取る。第三国が喜んで戦力を差し出すよう仕向けるのがコツだという。どんな戦いでもこれは同じ。よく見ると一般社会でもこの計略が使われているのが分かる。最近、東京で二度にわたり実施されたクルド人差別に抗議するデモもそうだ。クルド人の男性が警官に暴力を振るわれたとして、支援者と共に渋谷警察署前で声を上げたのだった

 ▼ところがこの男性、不穏な運転を理由に警官が車を停止させ職務質問をしたところ、逃げようとしたため取り押さえられたのだとか。これでは日本人でも全く同じ扱いを受けたに違いない。警察としては規定通りの手順だろう。折しも米国で警官の暴力により黒人男性が死亡し、騒ぎになったばかりだった。クルド人男性も差別に絡めれば支援者が恨みを晴らしてくれると考えたのかもしれない。今回は警察たたきに便乗したいマスコミや一部政治家も支援に回った。互いを利用したのだ

 ▼その渦中の13日、「日本クルド文化協会」は「デモは支持しない。男性の行為に擁護の余地はなく、警察の要請に適切に対応すべきだった」との声明を発表した。事実確認をした上での結論だという。小手先の計略は結局、身を滅ぼす。


種苗法改正案成立

2020年06月13日 09時00分

 絶妙な力加減で正確に放たれるショットや、追い込まれてからの鮮やかな逆転劇―。2018年平昌冬季五輪でのカーリング日本女子チーム「ロコ・ソラーレ(LS)」の活躍はまだ記憶に新しい

 ▼息詰まるプレーはもちろん、ハーフタイムにおやつを頬張る「もぐもぐタイム」も話題になった。特に注目を集めたのは地元北見の銘菓「赤いサイロ」とイチゴだろう。白いユニホームに、真っ赤なイチゴがよく映えた。このイチゴは韓国産で、大ぶりな上に甘さも素晴らしかったようだ。感想を聞かれた選手たちが絶賛していたのを覚えている人もいよう。ところがこのイチゴ、日本から流出した品種が韓国で無断に栽培されたものだったらしい。当時も農林水産省が問題視していた

 ▼日本国内で長い時間とお金をかけて開発された品種が韓国や中国に持ち出され、流通している例が実は多いのである。この状況を改善するための切り札となる種苗法改正案の今国会成立を、政府・与党が見送ることに決めたという。有名女優がSNSで表明した反対の意思に一部野党も便乗。世間で懸念の声が広がった。「特定の企業を利する」「農業者の負担が増す」が反対の理由だが、誤解である

 ▼たとえば「ドラえもん」のアイデアが他国に持ち出され、そちら発の漫画として簡単に大きな利益を上げられるとしたらどうか。種苗には現在、そうした開発者の権利を守る手立てがない。改正案はその不利を解消するものだ。あの五輪のとき新種苗法があれば、LSの選手たちが食べたのは「日本産」イチゴだったのである。


建設業の真価

2020年06月12日 09時00分

 本道をはじめ積雪寒冷地では、春になると至る所で傷んだ道路の補修工事が開始される。ほとんどのドライバーは「全く邪魔な連中だ」と一瞬思いはするものの、すぐに頭の中から彼らの存在を消してしまう。大切な仕事をしていることに気付くこともなく

 ▼補修されない道路がどうなるかは廃道を見れば一目瞭然。多くの人は平らで支障なく走れるのが当たり前と考えているが、ひとりでに元通りになるわけはない。フランスの作家サン=テグジュペリは『星の王子さま』でキツネに「かんじんなことは目に見えないんだ」と語らせた。道路の補修も案外その一つかもしれない。というより肝心な仕事なのに縁の下の力持ちに徹しているため目立たない建設業全般がそうなのかも

 ▼その伝でいけばこのコロナ禍の中で建設業が細心の注意を払いながら現場を動かし続けたことにも大きな意義があった。いまや本道の基幹産業となった観光業が総崩れになる中、人知れず経済の下支えの役割を果たしていたのである。今回のコロナで怖いのは感染だけではない。経済活動の停止で仕事がなくなる事態もだ。総務省の調査を見ても、4月の就業者数は6628万人で88カ月ぶりの減少、完全失業者数は189万人で3カ月連続の増加と悪い数字が並ぶ

 ▼2日付本紙でもお伝えした通り、そんな中でも本道の建設業はほぼ休まず現場を維持した。地域経済と雇用を守ったのである。エンジンを止めない基幹産業の存在は今後の立ち直りにも大きな力となろう。まあ、それもやはりほとんどの人の目には見えないのだが。


距離感のマナー

2020年06月11日 09時00分

 日本語には「三歩下がって師の影を踏まず」や「付かず離れず」など人と人との望ましい距離感を教える言葉が多い。相手との距離に気を遣いながら暮らす文化があるからだろう

 ▼歌人穂村弘さんのエッセー「距離感のマナー」にも、混んだ電車内での風景を描いたこんな一節があった。「一駅ごとに変化する状況に応じて、乗客の一人一人がちょっとずつ位置や向きを変えて少しでも快適な環境を作るようにする」。周りの乗客と話し合ってそうするわけでなく、誰もが自然と適切な距離を微調整しているのだ。穂村さんはそれを見て、「まるで生きたパズルのようだ」と感心するのである。そんな生きたパズルが今は一層難易度を増しているに違いない

 ▼新型コロナウイルスに感染する潜在リスクがまだ消えていない中で、多くの人が元の暮らしに戻り始めているからである。電車はもちろん会社でも街中でも、コロナ前とは適切な距離感がだいぶ変わっていよう。微調整くらいでは追い付かないかもしれない。第一生命の「サラリーマン川柳」に以前こんな作品があった。「急停車つり革つかめず他人つかむ」(ターミネーちゃん)。昔だからこその笑い話である。今ならおそらく気まずい空気が流れるはずだ

 ▼しばらくマスクも必須になるが、暑い季節に着け続けるのはつらい。TPOに応じて賢く着脱することになろう。これもまた距離感に迷いの出るところである。とはいえ日本人はこの熟練の研ぎ澄まされた距離感で、感染拡大を効果的に抑え込んできた。新たなマナーにもすぐ慣れるのでないか。


ペストと新型コロナ

2020年06月10日 09時00分

 過去の例に学ぼうとする姿勢の表れだろうか。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、フランス人作家アルベール・カミュが1947年に発表した『ペスト』(新潮文庫)が見直されているという

 ▼40年代にアルジェリアの都市オランで大流行した感染症ペストの発生から終息までを描いた物語である。といっても実話ではない。カミュは昔の資料を丹念に調べ、実際に起こったかのようなリアリティを獲得したのだ。読んで驚いた。時代背景はもちろん違う。ただ、社会全体が右往左往するさまや人々の心を覆う恐怖は、今の新型コロナを取り巻く状況とほとんど変わらないのである。未知の感染症の前では人のできることなど限られているということだろう

 ▼では現在のように感染拡大が収まりつつある段階の風景を、カミュはどう描いていたか。「楽観思想の自然発生的な兆候も出現した。たとえば、物価の顕著な下落が記録されたことなどが、それである」。経済学的には説明できないと不思議がっている。市中経済はまだ止まっていて、物資不足も続いているのに物価だけが下がっていたからだ。これも現在の株価をほうふつとさせる。きのうの日経平均株価終値は2万3091円で2日連続の2万3000円超え。ほぼコロナ前の水準に戻った

 ▼WHOのパンデミック認識表明で一気に下落したが、緊急事態宣言解除とともに急上昇している。いまだ日本も世界も経済が本格稼働していないというのに。カミュはその後どうなったかまでは書かなかった。君たちが知恵を絞れということかもしれない。


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